音楽理論用語。多くの旋律に共通する基本音階が考えられるとき,主音の位置や音域などにより,その音階をさらに細かく分類する概念。
旋法という語は日本の伝統音楽にはなく,明治になって作られたが,雅楽の律と呂ないし半律半呂の関係を律旋(法),呂旋(法)として区別した。これは三分損益の法によって得られた五声(5音音階)を基本音階とし,その第1度(宮)に主音をおく場合を呂旋,第5度(徴)におく場合を律旋としている。中国理論の〈調〉の概念に近く,また西洋音楽の教会旋法にも近い考え方である。しかし明治時代以降,半音程をふくむ陰音階をも陰旋法と称したり,また琉球音階を琉球旋法とよぶなど,旋法と音階の用語の区別もあいまいで,多くの場合,ほとんど同義語に使われてきた。西洋音楽理論の普及とともに,モードmusical modeの訳語として概念が確定し,日本音楽に適用する場合は,雅楽の律旋,呂旋に限られるようになった。ただ特定の使い方としては,田辺尚雄のように日本音楽の音階を7音とし,旋法を5音とし,基本の7音音階から必要な音を選び出す考え方や,松本民之助のように日本音楽には音階は存在せず,すべて慣用句に結びついた旋法であるとする立場などがある。
西洋中世のモードゥスmodusから発する理論用語は,リズムのモードゥスと音階のモードゥスとがあり,旋法にあたるものは後者である。西洋の音階では全音階の各度に主音がくるので理論上7個の旋法があり,また主音を第1度と一致させる正格旋法や,一致しない変格旋法がある。このように一つの音階から数多くの旋法が考えられるが,中世ヨーロッパではこのうち四つの正格旋法,四つの変格旋法が用いられ,これが教会旋法として,その後独自の理論を発展させた。しかし,近代になると一方では旋法の理論的拡大とは逆に,実用される旋法は限定され,芸術音楽では長調と3種の短調に集中するようになり,旋法は古風なまたは民俗的な音楽の代名詞になった。
→教会旋法
旋法という語を民族音楽に応用するようになったのは,インド音楽や西アジアの音楽を西洋音楽理論で理解したり説明したりする試みから始まる。インドの伝統的な旋律に関する理論はラーガであり,これを基本音列から音を選んで必要な7音ないし6音または5音の音階を得る方法を旋法とよんだり,慣用句としての旋律的限定をもつ音階の意味で,ラーガを旋法とみなすことなどが行われた。また西アジアのマカームについても,基本音階のうえで,さらに主音や音域によって何種類かに限定する場合をふくめて,旋法とみなすことが行われた。しかし,いずれも西洋の教会旋法とは多少性格が異なるうえ,ラーガやマカームには,それぞれ伝統的な概念の広がりもあって,これを旋法と訳してしまうことはできない。したがって現代では厳密な音楽学の分野での定義としてではなく,一般的・概略的にインドや西アジアの音楽を旋法音楽と呼んだり,インドネシアのペロッグpelogやスレンドロslendroに含まれるそれぞれ3種のパテットpatetを旋法と訳したりしている。
→インドネシア[音楽]
執筆者:小泉 文夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
音楽理論用語。「音の階段」である音階を、音程関係、主音の位置、音域などにより、さらに細かく分類した音列、およびその概念。また、音階上に並べた一連の音列から、一部分を切り取ったものということもできる。たとえば同じ五音音階でも、ド・レ・ミ・ソ・ラとド・レ・ファ・ソ・ラのように、音程関係が異なれば違う旋法となり、同じ音程関係の五音音階でも、主音の位置により5種の旋法となる。また、主音と音域の関係から、教会旋法などのように主音と最低音が一致する正格旋法、一致しない変格旋法に分けられる。
[黒坂俊昭]
最初にこの体系が音階の形で理論づけられたのは、5~6世紀、ボエティウスとカッシオドルスによる音楽理論においてであるが、それに先だつ古代ギリシア音楽にも旋法的なものは存在した。そこでは、テトラコード(両端が完全四度をなす四音音階)を積み重ねて大完全音組織(シュステマ・テレイオン)を形成し、この音列から一オクターブを切り取り、7種の下降形の音列、ハルモニアが表された。
中世に至り、グレゴリオ聖歌の楽句をより重要な音に従って整理する目的で、教会旋法が体系づけられた。その発展段階を歴史的に追うことはできないが、9世紀末には通常の8種類(4種の正格旋法と4種の変格旋法)になったと考えられる。さらに16世紀中ごろ四旋法が加わり、計12の旋法が体系化された。新しいエオリア旋法は、近代の短調の自然的短音階、イオニア旋法は長音階に相当する。そのため、近代の長・短音階を長旋法、短旋法とよぶこともある。
今日、西洋音楽では、旋法を教会旋法に限定したり、さらに広げて古風なまたは民俗的な音楽の音列説明に用いている。
なお、ラテン語のモードゥスおよびその派生言語は、旋法以外にも、リズムその他の要素について「様態」を示すことばとして用いられる。
[黒坂俊昭]
奈良時代の雅楽では、三分損益法で得た宮(きゅう)・商(しょう)・角(かく)・徴(ち)・羽(う)(ド・レ・ミ・ソ・ラに相当)の五声を基本音階とし、羽以外の四音を主音とする四旋法を用いた。平安時代に、この四旋法のうち、宮と商を主音とする二旋法を「呂(りょ)」、これ以外を「律(りつ)」と二大別するようになり、のちに宮に主音を置く場合を呂旋(法)、徴に主音を置く場合を律旋(法)と称した。明治以降、半音を含まない五音音階を陽旋法、半音を含む五音音階を陰旋法とよぶなど、旋法は音階とほとんど同義に用いられていた。これに対し田辺尚雄(ひさお)は、陽音階(レ―レの七音音階)と陰音階(ミ―ミの七音音階)を基本音階とし、それぞれから3種の5音音階を選び出して陽旋法、陰旋法と名づけ、音階と旋法の独自の区別を提唱した。しかし今日、旋法を日本音楽に適用する場合は、雅楽の律旋(法)、呂旋(法)に限定している。
[黒坂俊昭]
インドのラーガ、イランのダストガーやアーバーズ、アラビアやトルコのマカームなどの音組織を総称して、一般に旋法という。これらは、慣用的な旋律型をもつ音階という意味で旋法とみなされてきたが、それぞれ独自の伝統的音楽観と結び付いており、単純に旋法とはいいがたい。
近年では厳密な音楽学の用語としてではなく、一般的な意味で、その他の民族音楽の音組織をも旋法とよんでいる。
[黒坂俊昭]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…したがって,音組織における中心音の存在と他の諸音に対するその強力な支配関係を意味する〈調性tonality〉よりも具体的な概念である(しかし現実には,〈調〉と〈調性〉はしばしば混同して用いられている)。また長調・短調という表現も,一見二つの異なる調を意味するかのように誤解されているが,両者の区別はオクターブ内における諸音の配置状態によるのであるから旋法mode(様態)の相違にほかならず,理論的にはそれぞれ〈長旋法〉,〈短旋法〉と呼ぶのが正しい。したがって厳密にいえば,ハ長調とは〈ハを主音とする長旋法〉,ニ短調とは〈ニを主音とする短旋法〉のことである。…
…マカームにはいくつかの意味があり,〈音〉を意味する場合と,音列ないし音階とこれに基づく旋律法の規範を意味する場合とがある。ふつう後者の意味で〈旋法〉と訳される。またマカームは,この旋法に基づいて演奏されるある種の〈歌〉を指すこともある。…
※「旋法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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