日本大百科全書(ニッポニカ) 「旋法」の意味・わかりやすい解説
旋法
せんぽう
modus ラテン語
mode 英語
mode フランス語
Modus ドイツ語
modo イタリア語
音楽理論用語。「音の階段」である音階を、音程関係、主音の位置、音域などにより、さらに細かく分類した音列、およびその概念。また、音階上に並べた一連の音列から、一部分を切り取ったものということもできる。たとえば同じ五音音階でも、ド・レ・ミ・ソ・ラとド・レ・ファ・ソ・ラのように、音程関係が異なれば違う旋法となり、同じ音程関係の五音音階でも、主音の位置により5種の旋法となる。また、主音と音域の関係から、教会旋法などのように主音と最低音が一致する正格旋法、一致しない変格旋法に分けられる。
[黒坂俊昭]
西洋
最初にこの体系が音階の形で理論づけられたのは、5~6世紀、ボエティウスとカッシオドルスによる音楽理論においてであるが、それに先だつ古代ギリシア音楽にも旋法的なものは存在した。そこでは、テトラコード(両端が完全四度をなす四音音階)を積み重ねて大完全音組織(シュステマ・テレイオン)を形成し、この音列から一オクターブを切り取り、7種の下降形の音列、ハルモニアが表された。
中世に至り、グレゴリオ聖歌の楽句をより重要な音に従って整理する目的で、教会旋法が体系づけられた。その発展段階を歴史的に追うことはできないが、9世紀末には通常の8種類(4種の正格旋法と4種の変格旋法)になったと考えられる。さらに16世紀中ごろ四旋法が加わり、計12の旋法が体系化された。新しいエオリア旋法は、近代の短調の自然的短音階、イオニア旋法は長音階に相当する。そのため、近代の長・短音階を長旋法、短旋法とよぶこともある。
今日、西洋音楽では、旋法を教会旋法に限定したり、さらに広げて古風なまたは民俗的な音楽の音列説明に用いている。
なお、ラテン語のモードゥスおよびその派生言語は、旋法以外にも、リズムその他の要素について「様態」を示すことばとして用いられる。
[黒坂俊昭]
日本
奈良時代の雅楽では、三分損益法で得た宮(きゅう)・商(しょう)・角(かく)・徴(ち)・羽(う)(ド・レ・ミ・ソ・ラに相当)の五声を基本音階とし、羽以外の四音を主音とする四旋法を用いた。平安時代に、この四旋法のうち、宮と商を主音とする二旋法を「呂(りょ)」、これ以外を「律(りつ)」と二大別するようになり、のちに宮に主音を置く場合を呂旋(法)、徴に主音を置く場合を律旋(法)と称した。明治以降、半音を含まない五音音階を陽旋法、半音を含む五音音階を陰旋法とよぶなど、旋法は音階とほとんど同義に用いられていた。これに対し田辺尚雄(ひさお)は、陽音階(レ―レの七音音階)と陰音階(ミ―ミの七音音階)を基本音階とし、それぞれから3種の5音音階を選び出して陽旋法、陰旋法と名づけ、音階と旋法の独自の区別を提唱した。しかし今日、旋法を日本音楽に適用する場合は、雅楽の律旋(法)、呂旋(法)に限定している。
[黒坂俊昭]
民族音楽
インドのラーガ、イランのダストガーやアーバーズ、アラビアやトルコのマカームなどの音組織を総称して、一般に旋法という。これらは、慣用的な旋律型をもつ音階という意味で旋法とみなされてきたが、それぞれ独自の伝統的音楽観と結び付いており、単純に旋法とはいいがたい。
近年では厳密な音楽学の用語としてではなく、一般的な意味で、その他の民族音楽の音組織をも旋法とよんでいる。
[黒坂俊昭]