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曽我物 ソガモノ

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デジタル大辞泉の解説

そが‐もの【曽我物】

曽我兄弟の事跡を主題とした幸若舞(こうわかまい)浄瑠璃歌舞伎などの作品の総称。「元服曽我」「小袖曽我」「夜討曽我」など。→曽我狂言

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

曽我物
そがもの

歌舞伎(かぶき)劇の一系列。曽我兄弟の事跡を扱った作品群をいう。先行芸能にも、鎌倉時代後期から室町時代にかけて成立した『曽我物語』の普及により、能『元服曽我』『小袖(こそで)曽我』や幸若(こうわか)舞『十番斬(ぎり)』『和田宴(わだのさかもり)』などがあり、浄瑠璃(じょうるり)にも古浄瑠璃『根元(こんげん)曽我物語』『夜討(ようち)曽我』、近松門左衛門の『世継(よつぎ)曽我』『曽我会稽山(かいけいざん)』などがあったが、とくに江戸歌舞伎では、最初の作といわれる『曽我十番斬』(1655)から、『兵(つわもの)根元曽我』(1697)や『傾城嵐(けいせいあらし)曽我』(1708)の大当りの結果、享保(きょうほう)(1716~36)以後の初春興行には各座でかならず曽我狂言を上演するようになり、この慣習が明治初年まで続いた。曽我兄弟を神と崇(あが)める信仰的感情と、民衆のアイドルであった代々の市川団十郎が兄弟の弟五郎の役を荒事(あらごと)演出によって家の芸としたため、曽我の芝居は1年の平安を祈る儀式のように年頭の吉例になったのである。
 初期興行の曽我狂言には構成上の約束があり、とくに一番目大詰には兄弟と工藤祐経(くどうすけつね)が初めて顔を合わせる「対面」の場を設けるのが原則で、これが今日では独立した一幕『曽我の対面』として上演されている。文化(ぶんか)(1804~18)初年までの曽我狂言は2月以降「二番目」「三番目」と後編を増補して5月まで打ち続けるのが慣例であったが、二番目以下は曽我に関係ある人名を登場させても、内容は江戸時代の事件に取材した筋が多く、『助六(すけろく)』の脚本もこの三番目から生まれた。ほかに、舞踊には季節と関係なく曽我に取材した曲がつくられ、幕末から明治にかけては実録風の脚本も多く生まれている。曽我物で現在よく上演されるのは、『曽我の対面』をはじめ『曽我の石段』『矢の根』、舞踊の『草摺引(くさずりびき)』『雨の五郎』、実録風の河竹黙阿弥(もくあみ)作『夜討曽我狩場曙(ようちそがかりばのあけぼの)』、福地桜痴(おうち)作『十二時会稽曽我(じゅうにときかいけいそが)』など。[松井俊諭]

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