改訂新版 世界大百科事典 「有償契約無償契約」の意味・わかりやすい解説
有償契約・無償契約 (ゆうしょうけいやくむしょうけいやく)
契約当事者双方が,契約の締結から債務の履行までの全過程において,相互に対価的関連を有する出捐(しゆつえん)(財産にかぎらず,労務・事務等を給付すること)をする契約を有償契約といい,当事者の一方のみが対価性のない出捐をする契約を無償契約という。双務契約・片務契約の区別が,契約の効果として各当事者が対価的関連のある債務を負うか否かという形式的基準によってなされるのに対し,有償契約・無償契約の区別は,契約の全過程において一方の出捐による損失が他方の出捐によって償われるか否かという実質的な基準による。双務契約は,債務自体に対価的関連があるから,すべて有償契約といえるが,有償契約は必ずしも双務契約とはいえない。たとえば利息付消費貸借は有償片務契約である。すなわち,利息付消費貸借は効果としては借主だけの債務を生ぜしめるが,借主のなすべき利息の支払と契約の成立にあたって貸主がなす金銭その他の物の引渡しとは対価的な関係を有するからである。消費貸借が片務契約とされているのはローマ法以来の伝統による。このため,双務と有償とが分離される結果となっている。
民法所定の13の典型契約(有名契約ともいう)についていえば,売買(民法555条以下),交換(586条),賃貸借(601条以下),雇傭(623条以下),請負(632条以下),組合(667条以下),和解(695,696条)は有償契約であり,贈与(549条以下),使用貸借(593条以下)は無償契約であり(負担付贈与における負担は,贈与の価値を減少ないし制限する給付であり,主観的に贈与者の出捐より少なく,対価関係にないから,無償契約である。ただし,551条2項,553条に注意),消費貸借(587条以下),委任(643条以下),寄託(657条以下),終身定期金(689条以下)は利息または報酬を支払うか否かによって有償契約とも無償契約ともなる。
有償契約には売買の規定が準用される(559条)ほか,遺留分の減殺(げんさい)(1039条),破産手続における否認権の行使(破産法72条5号)などについても,特別の取扱いを受ける。有償契約に対する無償契約の特色については,契約の拘束力,瑕疵(かし)担保責任,注意義務などの点での効力の弱さが挙げられよう。
(1)有償契約では諾成契約が原則であるのに対し(例外は利息付消費貸借,有償寄託。ただしこれらの場合に要物契約性を貫くことの合理性はない),無償契約は要物契約か書面契約であることを原則とする。無償契約である贈与は諾成契約ではあるが,書面か履行の終了がなければいつでも契約を取り消す(撤回)ことができるので,契約の効力が不安定である(民法550条)。また委任も諾成契約であるが,各当事者がいつでも解除(約)しうるとする民法651条の規定は,判例も示唆しているように,有償委任については適用を制限される。
(2)有償契約においては,権利の瑕疵または物の瑕疵について給付者は原則として担保責任を負う(561,563~572,559条,590条1項,634~640条)が,無償契約においては,給付者は原則として担保責任を負わず(551条1項,590条2項,596条),例外的に給付者が瑕疵を知りながらこれを告げなかった場合にのみ担保責任を負う。
(3)注意義務については,民法は有償契約と無償契約とで明確な区別をしていない。すなわち,有償契約において特定物の引渡義務を負う者はもちろん,有償か無償かを問わず他人の物を使用収益した後,その物を返還すべき義務を負う者は,〈善良なる管理者の注意〉(善管注意義務)をもって物を保存する責任がある(抽象的軽過失責任。400条)。ところが,無償で他人の物を保管する受寄者は,その責任が減ぜられて,〈自己の財産におけると同一の注意〉をすればよいとされる(具体的軽過失責任。659条)。贈与についてはこのような規定がない結果,無償の贈与者が無償受寄者より重い責任を負うこととなるため,諸外国の立法例のように,贈与者は故意または重過失の責任のみを負うと解する有力説がある。また,受任者については,有償であれ無償であれ善管注意義務が法律上課されている(644条)が,無償受任者については自己の事務処理におけると同一の注意をもってことに当たることが両当事者に黙示的に了解されている場合が多いと思われる。
(4)このほか,不動産の使用収益を目的とする契約において,それが有償契約のときは,対抗要件を備えて物権的効力を取得しうる(民法605条,建物保護法1条,借家法1条,農地法18条)が,無償契約たる使用貸借のときはそういうことがない。
→契約
執筆者:高橋 弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報