倒産処理手続(破産,会社更生,和議)で行使される権利の一つ。
破産者の財産について,破産宣告前になされた,破産債権者を害するような行為の効力を失わせ,逸出した財産を破産財団に回復する権利。破産宣告があると,破産者は破産財団の管理処分権を失うが(破産法7条),それまでは自己の財産を自由に処分できるのが原則である。しかし,財産状態が悪化して破産の危機に瀕した場合にも,破産宣告を受けていないというだけの理由で,自由な処分を許すと,債務者は当座の運転資金などを得ようとして,財産を投売りしたり,債権者の追及をのがれるために財産を隠したり,特定の債権者だけに弁済したりすることがある。しかし,債務者の総財産は総債権者の債権の引当てとなっているので,将来,破産財団となるべき財産がこのようにして減少すると,一般(無担保)債権者を害する。そこで,一般債権者の利益のために,このような不公平な行為の効力を失わせるのが否認権の制度である。民法の詐害行為取消権(債権者取消権ともいう。民法424条以下)と同趣旨の制度であるが,詐害行為だけでなく,偏頗(へんぱ)行為(後述)も対象となる点で否認権のほうが範囲が広い。否認の類型には,一般的に,故意否認(破産法72条1号),危機否認(同条2~4号),無償否認(同条5号)があり,場合によっては,手形行為(73条),対抗要件(74条),執行行為(75条)の否認もある。破産者からの受益者との関係だけでなく,転得者との関係での否認もありうる(83条)。
故意否認は,破産財団に属すべき財産を低廉な価格で処分するなど,破産者が破産債権者を害する(債権者の満足を減少させる)ことを知って(詐害意思)した行為の否認である。破産宣告前になされた行為が対象になる。危機否認は,支払停止や破産申立てなど財産状態に危険信号が出た後またはその前30日間になされた,特定の債権者に対する弁済や担保の提供などの行為(偏頗行為)の否認である。無償否認は,支払停止や破産申立ての後またはその前6ヵ月間になされた贈与などの無償行為および有償であっても,対価が名目的で無償と同視できる行為の否認である。このような行為をあえて財産状態が危険な時期にするのは正常でないと考えられることによる。行為の時期と無償性だけが要件で,故意否認と異なり,詐害意思はまったく必要とされない。否認権は,破産管財人が訴えまたは抗弁の方法で行使する(76条)。破産債権者による代位行使は認められない。管財人がいかなる資格でこれを行使するかについては議論がある(破産財団代表説,管理機構人格説など)。
否認権は,破産宣告の日から2年間(時効)または対象となる行為の日から20年間(除斥期間)行使しないと消滅する(85条)。破産の終結,取消し,廃止の場合も消滅する。否認権が行使されると,否認された行為は,破産財団との関係でさかのぼってその効力を失い,財団はその行為以前の状態を回復する(77条1項)。すなわち,破産者が譲渡した財産は財団に復帰し,負担した債務や担保権は消滅する。ただ,これらの回復は観念的であり,現実には引渡し,返還などの行為が必要となることがある。否認された行為の相手方に対しては,否認によって破産財団が不当に利得することは許されないから,相手方が代金支払などの反対給付をしていたときはこれを返還しなければならない(78条)。弁済など債務を消滅させる行為が否認されたときは,相手方の債権が復活する(79条)。
→破産
会社更生手続開始決定前になされた,更生債権者を害するような行為や不公平な行為の効力を失わせ,逸出した財産を会社財産に回復する権利である(会社更生法78~92条)。破産法上の否認権とまったく同趣旨の権利である。否認の要件や効果は破産法上の否認権と同様であるが(78~81,87~92条),行使については,更生管財人は,訴えまたは抗弁によるほか,否認の請求(82~86条)という簡易な方法によることも許される。これは,訴えを提起する代りに,決定手続で裁判するもので,裁判所が否認を認めたときは,相手方は1ヵ月以内に異議の訴えを提起してこれを争うことができる。争わないときは,否認を認めた決定は確定判決と同一の効力を有するとされる(85条)。会社更生では,破産と異なって,営業(取引)が継続されるので,実際には否認権が行使される例は多くないといわれている。
→会社更生法
和議法には〈否認権〉という文言はないが,(1)債務者が和議開始の申立てのときから和議開始決定までに〈通常ノ範囲〉に属しない行為をしたとき(和議法31条),または(2)和議開始後に管財人の同意を得ないで通常の範囲に属しない行為をしたとき(32条1項),(3)通常の行為であっても,管財人の異議があるのにこれをしたとき(32条2項)には,相手方が悪意であるときに限って,和議債権者は,これを否認することができる(33条)としている。
→和議
執筆者:西澤 宗英
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
破産法上、破産手続開始前に、破産者がなし、または破産者に対してなされた行為が、破産債権者を害する場合に、その行為の効力を破産財団に対する関係で失わせ、その行為によって破産者のもとから失われた財産を破産財団に回復させる、破産管財人の権利をいう。経済状態の悪化した債務者が、その財産を無償で譲渡し、安く売却し、あるいは隠匿(いんとく)し(詐害行為)、または一部の債権者にのみ債務を弁済する(偏頗行為(へんぱこうい))などして、債権者全体の利益を害することがありうるが、否認権はこれを防止せんとする制度である。破産手続開始後は、破産者の財産は破産財団を構成し、その管理処分権は破産管財人の手に委ねられるから、このようなことは起こらない。否認権は、債権者の利益を害する行為を取り消すという点で、民法上の詐害行為取消権に似る(歴史的には同一の起源をもつといわれる)が、総債権者の利益、総債権者間の平等・公平を図るとの視点が重視される点が異なる。
破産法上の否認権のおもなものとして、次のものがある。
(1)詐害行為否認(同法160条1項) 破産者が破産債権者を害することを知ってした行為、および破産者が支払いの停止等があった後にした破産債権者を害する行為の否認
(2)詐害的債務消滅行為(同法160条2項) 破産者がした債務消滅行為であるが、過大な給付を内容とするものの否認
(3)無償行為否認(同法160条3項) 破産者が支払いの停止等があった後またはその前6か月以内にした無償行為およびこれと同視すべき有償行為の否認
(4)相当の対価を得てした財産の処分行為の否認(同法161条)
(5)偏頗行為否認(同法162条) 既存の債務についてされた担保の供与または債務の消滅に関する行為の否認
(6)支払不能になる30日以内の非義務的偏頗行為の否認(同法162条1項2号本文)
(7)権利変動の対抗要件の否認(同法164条1項本文)
(8)執行行為の否認(同法165条)
否認権の行使は、破産管財人が受益者(破産者がなした詐害行為の相手方)または転得者(受益者からさらに受け取った者)を相手方として、訴え、否認の請求または抗弁の方法によって行う(同法173条)。否認権行使の結果として、破産者のもとから逸出した財産は、破産財団に復する(同法167条1項)。
民事再生法においても、同様の規定が置かれている(民事再生法127条以下)。ここでは、否認権の行使は、否認権限を有する監督委員または管財人が行う(同法135条1項)
会社更生法においても、同様の規定が置かれている(会社更生法86条以下)。
[本間義信]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…破産における財団債権に相当するが,その範囲は広い。破産の場合と同様に,倒産間ぎわになって取得した債権・債務による相殺の禁止(163条)や,管財人が倒産前の弁済や財産処分を否認して財産を回復する否認権(78条)の制度があり,とくに否認のためには否認の請求という簡便な手続が設けられている(83条)。取締役の不正行為(たとえば粉飾決算)による会社に対する賠償責任が倒産を機に表面化することが多いが,その追及のために損害賠償額の査定という簡易な手続がある(72条)。…
…また,破産財団として管財人が占有管理した財産(現有財団)の中には,他人の財産が含まれていたり,本来財団に属すべきであるのに不当に失われているものがありうる。前者については本来の権利者に取戻権(87~91条)を行使させてこれを財団から除き,後者については管財人が否認権(72~86条)を行使してこれを財団に回復する。こうして,法定財団に一致するように整理された財産が債権者に対する配当の原資となり,管財人は,一般の債権調査終了後,これを随時適当な方法で換価して(196条),配当にあてることになる。…
※「否認権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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