未開法(読み)みかいほう(その他表記)primitive law

改訂新版 世界大百科事典 「未開法」の意味・わかりやすい解説

未開法 (みかいほう)
primitive law

いわゆる〈未開社会〉の伝統的な〈法〉を指す。19世紀に流行した進化主義的な考え方においては,未発達な文化段階の諸民族には〈法〉の名に値するものはないとされた。西欧文明源流であるギリシアローマゲルマンの〈古代法〉と区別して,現存する非文明段階諸民族の〈法〉を原始とか未開と呼んだのである。法人類学の研究が進むにつれてエスキモーピグミーなど,一見単純な社会にも,集団の規律を保持させる掟や決りがあり,成員の服従を求める事実が知られてきた。個人の気ままを制限して,全員に協調ある共同行動をとらせるための諸規則である。運用の仕方もまた明確に定まっている。西欧先進国を見ても,国家の制定法とは別に,特定の地方や住民に固有の,伝統的な法慣習が存在する。〈未開法〉が西欧慣習法と本質的に異なるという論拠はない。このような反省から,1960年代以降は〈未開法〉の代りに〈部族法tribal law〉とか〈現地住民の法native law〉,あるいは〈民俗法folk law〉という呼び方が一般化してきた。

 部族社会tribal societyの法は,形式と運用の面で特色があり,西欧諸国の制定法とたしかに差異がある。まずこの種の社会の法は成文法ではない。部族構成員の間で,世代を重ねて記憶され伝承されてきた規範であり,整然とした条文の形式を整えているものでもない。このような社会では,禁止とか命令の形で文句を暗唱して語り伝えるのではない。過去に起こった殺人とか盗みなど具体的な事件を伝承するのである。個々の事件ごとに,係争者間の類縁関係や気質,性格,直接の紛争原因,紛争の展開過程,解決策などを記憶にとどめ,将来起こりうるさまざまな事件や紛争の解決に役だてようとする。したがってこれらの法は制定された法律ではなく,慣習法である。ただし過去の事件は文字で記録されず,関係者の立場や記憶の差異がさまざまな解釈の相違を生み出す。それゆえ厳密な判例重視の運用は不可能になる。その反面では柔軟な運用の幅を残す利点がある。

 部族社会では,絶対的な正義を掲げて,係争者間の正邪の判定を明らかにしたり,勝敗を決したりすることはない。むしろ係争者間の利害の調整をはかり,双方の和解を導くよう努める。ここでは西欧諸国のような,法律に照らして事件を裁断し,判決を強要する裁判官や警察官は必ずしも存在しない。仲裁者や調停人が,係争者双方の自己主張を抑制して,譲歩を引き出す場合が多い。仲裁や調停の効力は,超自然的な神霊への畏怖とか,集団成員の多数意思=輿論に負うところが大きい。神霊は古来の掟の護持者で,違反行為に対して飢饉や疫病の罰を下す。他方,近隣在住者や親族たちとの離反は,不幸や災害のときばかりでなく,日常生活の諸局面でも重大な支障や不安をもたらさずにはおかない。輿論が法の実効力の基礎になっている場合には,多数意思を制した側がより有利な和解条件を獲得できる。東アフリカのジエ族では,血縁や姻戚などあらゆる関係者を動員して交渉の場に臨む。交渉決裂の際には武力攻撃をかけるとの威嚇を兼ねるのである。このような場合には,裕福で知名度の高い人物ほど多く支援者を集め,楽に輿論を操作できる。ここでは法の下の平等は達成されない。しかし不公平の反面,紛争発生時の相互支援の義務が,互助協力体制を強化して,社会集団の結束を強める利点も認められる。このような法体系の基盤には,広く互酬的観念・慣行が認められる。

 部族社会の法は抽象的な理念体系ではない。多種多様な規範の,一見雑然とした集合体である。個々の規範は,個人の集団内部における対人行動を規制し方向づける。規範は,個人の日常生活のあらゆる局面と状況に対応して,無数に存在する。個人は,成長過程で多彩な生活体験を重ねながら,個々の規範を習得していく。それゆえ部族社会では,高齢者ほどより多くの規範の体得者であり,紛争解決のための助言を高齢者に求めるのも自然である。

 しかし,西欧勢力の進出に伴う急激な変化がこの図式を崩壊させた。まったく新奇な,伝統とは相入れない多くの規範が,学校教育,政府の施策,都市生活体験者などを媒介として部族社会に流入してきた。その結果,都市と村落,社会階層および世代間で法意識と行動面の対立と混乱が広がっている。とりわけ深刻なのは,開発途上国における制定法と旧来の法体系との衝突である。西欧諸国に倣った国家の法律は,千差万別の国内諸部族の慣習に対応しきれない。インド,パキスタンの幼児婚やアフリカの一夫多妻婚も,古くかつ広く伝えられた慣習だが,西欧継受法の理念では人権侵害とみなされて容認されない。婚姻や相続制度は,部族社会の基本構造やその機能と不可分に結合している。国家の法律が安易に伝統的慣習を非合法化し,禁圧を加えるなら,深刻な社会不安と混乱を招来することになろう。
紛争 →法人類学
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「未開法」の意味・わかりやすい解説

未開法
みかいほう
primitive law

いわゆる「未開社会」において生活を法的に秩序づける社会規制をさす。しかし近年は,法人類学における多元的法体制の認識が定着したことから国家法との共存が注目され,フォーク・ロー folk lawなどの呼称を用いてあらゆる社会における非公式な法的規制を含めるようになった。多くの場合,道徳,宗教,呪術などの社会規範と未分化であり,成文化されてはいないが先例と慣習によって秩序が維持される。また,社会内の個人の地位が重要で,多くは強制的刑罰によるよりは「共同の意識」に支えられた伝統の力によって紛争処理が行われる。

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