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松山樹子 まつやまみきこ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

松山樹子
まつやまみきこ

[生]1923.1.10. 鹿児島
舞踊家,振付師。本姓清水。日劇ダンシング・チームを経て,東勇作に師事し,『白鳥の湖』 (1946) の日本初演に参加。 1948年夫清水正夫を団長に,みずからは副団長として松山バレエ団を創設し,社会主義リアリズムを理論的基盤にしたバレエをつくった。『白狐の湯』 (1953) ,『白毛女』 (1955) ,『バフチサライの泉』 (1957) ,『オセロ』 (1961) ,『祇園祭』 (1963) などを発表。 1958年以後,繰り返し中国公演を行なった。松山バレエ団名誉芸術監督として息子の清水哲太郎と妻の森下洋子夫妻の活動を支える。

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百科事典マイペディアの解説

松山樹子【まつやまみきこ】

舞踊家。オリガ・サファイア,東勇作にバレエを学ぶ。1950年松山バレエ団を組織した。《白狐の湯》(1953年),《祇園祭》(1963年)などの創作がある。→森下洋子

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松山樹子 まつやま-みきこ

1923- 昭和時代の舞踊家。
大正12年1月10日生まれ。清水哲太郎の母。日劇ダンシングチームをへて昭和15年東勇作バレエ団にはいる。21年東京バレエ団の「白鳥の湖」日本初演に出演。23年夫の清水正夫とともに松山バレエ団・松山バレエ学校を結成。30年「白毛女」を振り付け,主演。33年より中国公演をおこない,日中文化交流につくす。53年引退,振り付け,指導にあたる。鹿児島県出身。東洋音楽学校卒。本名は清水樹子。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

松山樹子
まつやまみきこ
(1923― )

バレリーナ、振付師。本名清水樹子。鹿児島県に生まれる。日劇ダンシング・チームで秦豊吉(はたとよきち)、オリガ・サファイアに師事、1940年(昭和15)東(あずま)勇作バレエ団に入る。第二次世界大戦後、東京バレエ団の『白鳥の湖』の日本初演(1946)に参加。清水正夫(1921―2008)と結婚後、48年(昭和23)に松山バレエ団を創設、『白狐(びゃっこ)の湯』『白毛女(はくもうじょ)』『白鳥の湖』『バフチサライの泉』『祇園(ぎおん)祭』などを上演した。日中文化交流にも尽力し、とくに『白毛女』は中国の文化大革命時代のバレエ界に影響を与えた。78年に引退し、後進の育成にあたっている。[市川 雅・國吉和子]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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