明治時代の政治家。土佐藩士。天保(てんぽう)13年8月10日土佐国幡多(はた)郡宿毛(すくも)(高知県宿毛市)に生まれる。岩村通俊(みちとし)の弟で、林家の養子となる。倒幕運動に参加し、1869年(明治2)高知藩参事となり、翌1870年政府の命で渡欧し、1873年外務省に出仕。この年征韓論に敗れて下野した板垣退助(いたがきたいすけ)に従い辞職。1874年4月土佐立志(りっし)社設立に参画し、1877年西南戦争に際し西郷(さいごう)軍に加担しようとして逮捕され、翌1878年8月禁獄10年の刑に処せられ1886年出獄。1887年三大事件建白運動に参加したため保安条例で東京を追われる。1890年高知県から衆議院議員に当選。1898年逓相、1900年(明治33)農商務相となり、1902年千葉県から代議士に当選し立憲政友会総務委員となるが、党内抗争で脱党。1908年政界を引き、余生を高知に送る。1914年(大正3)宿毛で真円真珠の養殖業を始めるなど、郷里の発展に尽力した。大正10年12月29日死去。
[後藤 靖]
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(福地惇)
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明治期の政治家。土佐国宿毛(すくも)に生まれる。初代北海道長官岩村通俊の弟。尊王攘夷運動に参加し,維新後は高知藩参事,外務省出仕をつとめたが,1873年征韓論に同調して辞職し,立志社の結成に参加。77年西南戦争で西郷軍に呼応すべく武器購入を策し,逮捕投獄された。84年保釈出獄。三大事件建白運動に参加して保安条例で東京より追放される。90年第1回総選挙に当選して自由党に所属。98年第1次大隈重信内閣の逓信大臣に就任し,1900年には立憲政友会の結成に参加。同年10月第4次伊藤博文内閣の農商務大臣となった。党内対立のため脱党し,08年政界から引退。
執筆者:大日方 純夫
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…幕末,三遊亭円朝も怪談噺に,《真景累ケ淵》《怪談牡丹灯籠》《鏡ケ池操松影(みさおのまつかげ)(江島屋騒動)》《怪談乳房榎》などを自作自演して人気を博した。近代にはいっては,春錦亭柳桜(しゆんきんていりゆうおう)(?‐1894),5代目林家正蔵が著名だが,最近では,7代目一竜斎貞山や林家彦六(8代目林家正蔵)が,しばしば口演して注目をあつめた。現在では,わずかに一竜斎貞水が孤塁を守っている。…
… 昭和落語の全盛期は,第2次大戦後,民間放送発足後におとずれた。軽妙な3代春風亭柳好(りゆうこう)(1889‐1956),明快な弁舌の3代三遊亭金馬,粋な3代桂三木助,近代落語の巨星8代桂文楽,独特の名人芸の5代古今亭志ん生,持ちネタの数と至芸を誇った6代三遊亭円生,人情噺,芝居噺の名手林家彦六(8代林家正蔵),新作の闘将5代古今亭今輔(いますけ)(1898‐1976)などが黄金時代を形成した。 1985年現在の東京には,〈落語協会〉に,滑稽噺の名手5代柳家小さん,新作の3代三遊亭円歌(1929‐ ),繊細で粋な2代古今亭志ん朝(1938‐ ),滑稽噺の人気者8代橘家円蔵(1934‐ ),飄逸な個性の10代柳家小三治(1939‐ )らがおり,〈芸術協会〉に,明朗な新作の4代桂米丸(よねまる)(1925‐ ),飄々たる妙味の新作の3代春風亭柳昇(1920‐ ),滑稽噺の10代桂文治らがおり,ほかに5代三遊亭円楽(1933‐ )一門,5代立川談志(1936‐ )一門などがあるが,志ん生,文楽などを筆頭にした名人上手の消えた穴は大きい。…
※「林有造」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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