愛国公党(読み)あいこくこうとう

日本大百科全書(ニッポニカ)「愛国公党」の解説

愛国公党
あいこくこうとう

(1)1874年(明治7)1月12日結成された自由政治結社征韓論に敗れて下野した前参議板垣退助(たいすけ)、後藤象二郎(しょうじろう)、副島種臣(そえじまたねおみ)、江藤新平(しんぺい)らが中心になって結成し、民撰(みんせん)議院設立建白書左院に提出、士族および豪農商の代表者からなる議会を設立せよと主張した。しかし、江藤佐賀の乱(1874)に加担したため、この結社は崩壊した。

(2)1890年(明治23)5月、板垣退助らが組織した政党大同団結運動は、後藤象二郎が黒田清隆(きよたか)内閣に入閣したのを契機に分裂した。板垣は分裂を阻止しようとしたが果たさず、1889年12月に愛国公党の結成を決意し、翌年5月5日創立大会を開いた。板垣は大同協和会および大同倶楽部(くらぶ)との合同を望み、5月15日に3派は庚寅(こういん)倶楽部を組織し、愛国公党は8月に解党した。第1回総選挙後に立憲自由党となる。

[後藤 

『板垣退助編『自由党史』(岩波文庫)』『後藤靖著『天皇制形成期の民衆闘争』(1980・青木書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「愛国公党」の解説

愛国公党
あいこくこうとう

日本の政党。 1874年1月,征韓論に敗れて下野した副島種臣後藤象二郎板垣退助江藤新平の前参議がヨーロッパより帰国した由利公正,小室信夫岡本健三郎古沢滋らとともに結成した日本最初の政党。徒党と区別するため公党と名づけたという。その綱領ともいうべき「本盟」には,天賦人権,愛君愛国,君民融和,国威発揚などがうたわれている。自由民権運動口火となった民撰議院設立建白書を左院に提出したり,この建白書に対して加えられた加藤弘之らの批判に駁論するなど活発な行動を展開したが,旧土佐藩士族による右大臣岩倉具視要撃事件,江藤による佐賀の乱,板垣らの帰郷などによってまもなく自然消滅した。

愛国公党
あいこくこうとう

日本の政党。 1890年5月,板垣退助が主唱して結成した政党。後藤象二郎の入閣によって大同団結運動が大同倶楽部と大同協和会 (のち「再興自由党」と改称) の2つに分裂したのをみた板垣は,最初自由党の名のもとにこれを統一しようとしたが,結局不可能と判断して愛国公党の結成に方向を転じた。ここに旧自由党系の諸政派は3派鼎立の状態となったが,第1回衆議院議員総選挙を目前にして3派間に合同の機運が高まり,その組織として庚寅倶楽部を結成した。これに伴って愛国公党は解党した。

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百科事典マイペディア「愛国公党」の解説

愛国公党【あいこくこうとう】

(1)征韓論に敗れた板垣退助後藤象二郎らが,1874年1月東京で結成した日本最初の政党。民撰議院設立建白を提出して自由民権運動の口火を切るが,自然消滅。(2)大同団結運動分裂後の,1889年12月に板垣退助が組織した政党。1890年9月には立憲自由党へ発展。
→関連項目植木枝盛小室信夫坂崎紫瀾自由党(日本)林有造

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旺文社日本史事典 三訂版「愛国公党」の解説

愛国公党
あいこくこうとう

①1874(明治7)年に結成された日本最初の自由民権政社
②明治中期,板垣退助が中心となり結成した政党
征韓論に敗れて辞職した前参議板垣退助らを中心として結成。民撰議院設立建白書を左院に提出した。のちまもなく消滅。
大同団結運動分裂後の1890(明治23)年5月結成。同年9月立憲自由党に発展した。

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精選版 日本国語大辞典「愛国公党」の解説

あいこく‐こうとう ‥コウタウ【愛国公党】

[一] わが国で最初の政党。明治七年(一八七四)板垣退助、後藤象二郎、江藤新平、副島種臣らが結成。民選議院設立の建白書を左院に提出したが、三か月後党は解散
[二] 明治二三年(一八九〇)板垣退助が組織した政党。同年第一回総選挙後、自由党、大同倶楽部を合わせ、立憲自由党となる。

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デジタル大辞泉「愛国公党」の解説

あいこく‐こうとう〔‐コウタウ〕【愛国公党】

明治7年(1874)板垣退助らを中心に結成された日本最初の政党。天賦人権論自由思想を唱え、自由民権運動の口火を切ったが、佐賀の乱後消滅。
明治23年(1890)大同団結運動の分裂後、板垣退助が組織した政党。同年、立憲自由党に発展。

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世界大百科事典 第2版「愛国公党」の解説

あいこくこうとう【愛国公党】

明治時代の政治結社。2度結成された。(1)自由民権政社。征韓論に敗れて下野した前参議板垣退助,後藤象二郎,副島種臣,江藤新平や政府高官の由利公正,岡本健三郎,小室信夫,古沢迂郎()が新しい反政府運動を起こそうとして1874年1月12日に結成した。〈天の斯民を生ずるや,之に附与するに一定動かすべからざるの通議権理を以てす。……同志の士と相誓ひ,以て我人民の通議権理を主張し,以て其天賜を保全せんと欲す。

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