桃山文化(読み)モモヤマブンカ

デジタル大辞泉の解説

ももやま‐ぶんか〔‐ブンクワ〕【桃山文化】

桃山時代の文化。美術史では安土時代をも含める。長い戦国争乱の状態から急速に統一が達成され、自由闊達(かったつ)な人間中心の文化が展開。雄大な城郭社寺などが造営され、内部を飾る華麗な障屏画(しょうへいが)が描かれる一方、民衆の生活を題材とした風俗画のジャンルが確立。芸能では茶の湯の大成、の隆盛、浄瑠璃の発達などをみた。また、南蛮文化の影響も重要。

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大辞林 第三版の解説

ももやまぶんか【桃山文化】

桃山時代の文化。美術史上では安土時代を含めていう。新興大名の成長と都市の豪商たちの財力を背景として生み出された自由清新な文化で、大坂城・聚楽第じゆらくだい・伏見城などの城郭が建築され、絵画では豪華雄大な障壁画が発達した。芸能では千利休によって茶の湯が大成され、能楽が盛んとなり、浄瑠璃や阿国おくに歌舞伎などが発達した。また、南蛮文化の影響も見逃せない。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

桃山文化
ももやまぶんか

安土(あづち)桃山時代のうち豊臣(とよとみ)秀吉が政権を握った桃山時代(1582~1603)における文化の総称。大坂城、聚楽第(じゅらくだい)、伏見(ふしみ)(桃山)城の建築、障屏(しょうへい)画、茶の湯など華麗な文化が栄えた。[編集部]

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世界大百科事典内の桃山文化の言及

【安土桃山時代】より

…その後の豊臣政権は,関ヶ原の戦までは五大老の合議体制により継承された。
【文化】
 安土桃山文化が包摂する時代は,戦国末期から鎖国の形成期までで,政治史上の区分よりも広い。江戸時代初期の寛永文化も美術史では安土桃山様式の最後に位置づけられる。…

※「桃山文化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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