鎌倉後期の武将。名は四郎入道。備後国(びんごのくに)一宮(いちのみや)吉備津(きびつ)神社(広島県福山市新市(しんいち)町宮内(みやうち))の神官である宮氏の一族として、近隣の桜山に本拠をもった。1331年(元弘1)元弘(げんこう)の変における楠木正成(くすのきまさしげ)の挙兵に応じて、神社の南側丘陵上に築城し、700余名の兵とともに立てこもった。一時は備後のみならず備中(びっちゅう)、安芸(あき)へも進出しようとする勢いであったが、笠置(かさぎ)落城、後醍醐(ごだいご)天皇捕縛の風聞を聞くに及んで軍勢は離散、翌32年、一族20名とともに吉備津神社に参り、妻子を刺殺、社殿に火をかけ自刃した。現在神社周辺は「一宮(桜山茲俊挙兵伝説地)」として国指定史跡。
[小林一岳]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新