植物人間(読み)ショクブツニンゲン(英語表記)vegetative state
homo vegetativus

デジタル大辞泉 「植物人間」の意味・読み・例文・類語

しょくぶつ‐にんげん【植物人間】

脳の損傷などにより植物状態となった患者。

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精選版 日本国語大辞典 「植物人間」の意味・読み・例文・類語

しょくぶつ‐にんげん【植物人間】

〘名〙 大脳傷害により植物状態となった患者。
コンピュータが死んだ日(1972)六〈石原藤夫〉「すでに植物人間と化してしまった圭子の容体を」

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改訂新版 世界大百科事典 「植物人間」の意味・わかりやすい解説

植物人間 (しょくぶつにんげん)
vegetative state
homo vegetativus

脳の外傷や脳の病気などで意識のない状態となり,入院して強力な治療を受けて一命をとりとめたものの,意識がもどらない状態になった人間のこと。〈植物〉とは,植物のように動かないということではなく,〈植物性機能だけが働いていて,動物性機能が働いていない状態〉のことをさし,このような状態をさして1972年以後,〈植物状態〉というようになった。

 人間の営む働き(機能)を,生理学の教科書では伝統的に二つに大きく分けてきた。すなわち,外界から刺激を受け取り外界へ向かって筋肉を使う動物性機能と,呼吸や循環のように体の内部の状態を維持する植物性機能の二つにである。動物性機能には感覚(視覚聴覚,皮膚感覚,深部感覚平衡感覚)の働きと筋肉運動の働きがあり,植物性機能には血液循環,呼吸,消化,分泌,排出や体温調節の働きがある。

 人間の働きは神経系によって制御されているが,動物性機能と植物性機能とで神経系の関与のしかたが異なっている。運動や感覚に関与するのは神経系の最高位にある大脳であるが,植物性機能では大脳の関与が少なく,脳幹が主として関与している。植物状態の人間では大脳が働かないで脳幹がおもに働いているため,動物性機能が働かないで,植物性機能だけが働いている。脳の働きからみれば,植物人間は脳幹人間といってよい。

 われわれは,目覚めた状態で意識があって初めて,外界からの刺激を受け入れ,統合作用を経て運動として外界へ働きかけることができる。大脳が働かない植物状態では,意識がなくなる。この意識のない状態は睡眠と違って,外から刺激を与えても目覚めない。意識がないと,自分で食べることや,自分で大小便をすることもできないが,植物性機能が働いているので生体の内部環境の恒常性ホメオスタシス)を保つことはできる。そのために必要な栄養物を補給しなければならない(食物を口へ,栄養分を血管へ入れる)。その結果,食物は消化されて吸収され,呼吸は維持され血液循環は一定に保たれ体温は維持され,代謝産物は排出される。

 動物性機能に関係した神経系は体性神経系(体の神経系という意味)で,植物性機能に関係した神経系は植物神経系(内臓神経系自律神経系,不随意神経系とも呼ばれる)である。植物神経系の反射中枢は脳幹と脊髄にあり,そこから神経が出て,体内の平滑筋と分泌腺を支配している。外へ出ていく神経には交感神経と副交感神経とがある。交感神経は眼(瞳孔を開く),唾液腺(唾液分泌),心臓(心拍数増加,心筋収縮力増加),気管・肺(気管支筋の弛緩),肝臓(グリコーゲン分解),胃腸(平滑筋弛緩と括約筋収縮),生殖器(射精など),皮膚の血管と汗腺,立毛を支配している。副交感神経は眼(瞳孔を閉じる),涙腺(涙の分泌),唾液腺(唾液分泌),心臓(心拍数減少,心筋収縮力低下),気管・肺(気管支筋の収縮,腺分泌),肝臓(グリコーゲン合成),胃腸(平滑筋収縮,括約筋弛緩,分泌),膵臓(インシュリン分泌,膵液分泌),膀胱(括約筋弛緩,排尿筋弛緩),生殖器(性器勃起)を支配している。多くの器官は交感および副交感神経の二重支配を受けており,器官によって方向の違う働きをすることもあれば,両方とも同じ方向の働きをすることもある。

 植物状態では植物性機能も正常に働いているわけではなく,交感神経系の働きが低下していて,体の内外の条件が変わったときに適応的に変化できる幅が狭くなっている。たとえば部屋の温度が高くなっても,血管を開いて血圧を上げて汗を出すという交感神経系の働きが悪くなっている。副交感系機能は促進される場合もあるし,低下する場合もある。

 植物状態の人間は,自分で生きることができないで,生命が他人によって維持されており,人間としての精神活動はいっさいないので,もはや人間とはいえないような状態である。しかし植物状態の期間が短く,かつ適切な治療が行われれば,健康をとりもどし,社会に復帰する可能性もないわけではない。なお1年から十数年にわたる植物状態での生存例が報告されている。
 →脳死
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「植物人間」の意味・わかりやすい解説

植物人間
しょくぶつにんげん

植物状態

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世界大百科事典(旧版)内の植物人間の言及

【意識】より

…これより軽度ではあるが思考や行動にまとまりの欠ける状態は,朦朧(もうろう)状態twilight stateと呼ばれる。また長期間経過した広範な大脳皮質病変の場合には,目を開いて覚醒してはいるが外界からの刺激に対しまったく反応せず,手足も動かさずにじっとしたままの状態が生ずるが,これらは失外套症候群apallic syndromeとか慢性植物状態vegetative stateなどと呼ばれている。 意識障害を生ずる原因はさまざまであるが,やはり大脳全体を広範におかすようなものと,脳幹網様体の局所的病変によるものとに分けられる。…

【安楽死】より

…病者を苦痛から解放して安楽に死なせること。上記の英語は,〈良き死〉を意味するラテン語に由来する。安楽死は,いくつかの類型に分けられる。(1)純粋の安楽死 死苦の緩和を目的としてモルヒネの投与が行われ,しかもそれが病者の生命の短縮を伴わないというような場合。(2)間接的安楽死 そのような措置が不可避的に病者の死期を若干早めるような場合。(3)不作為による安楽死 積極的な医療措置を講じても病者の死期をわずかしか延長できず,しかも,それによっていたずらに彼に苦痛を生じさせるにすぎないときに,その措置を行わない場合。…

【死】より


【生物における死】
 死とは,生体系の秩序ある制御された形態と機能が崩壊することである。本来は生物個体が生命を失うことの概念であるが,種・個体群や器官,組織,細胞,原形質などの系についても考えられている。老衰による死,つまり寿命が尽きるまで生存する個体は自然ではまれで,多くの個体は捕食,病気,飢餓,気候,事故などの外的要因で死亡する。同じときに生まれた生物の集団の個体の死亡時の齢を記録して曲線を描くと,次の3種類の曲線が得られる。…

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