脳幹を含む全ての脳機能が失われ、回復しない状態。自発呼吸できるなど脳幹機能が残っている場合は脳死には当たらない。移植臓器を摘出する前の法的脳死判定では▽
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脳幹を含めた全脳機能が完全に失われた状態をいう。心臓停止などによる急性無酸素症、脳損傷による脳ヘルニアなどにより脳血流が停止し、脳組織が広範に破壊されると、自発呼吸が停止して死に至るが、近年、生命維持装置とくに人工呼吸器の発達により、人工的に生命を維持できるようになったことから脳死という概念が生まれた。一方、心臓移植などの成功から、よりよい状態における臓器の提供者として脳死患者が注目を受け、実際欧米では法的基準が確立されている国が多く、日本でも1997年(平成9)10月の臓器移植法の施行により、法的基準が確立され、脳死が人の死であることが認められた。そして、自分が脳死となったときに臓器を提供する意思のあることを示す臓器提供意思表示カード(ドナーカード)が、コンビニエンス・ストアなどで簡単に手に入るようになった。こうした状況のなか、99年2月には、臓器提供の意思を示す患者が脳死と判定され、心臓、肝臓などを提供、臓器移植法施行後、初の脳死による移植手術が行われた。
しかし、脳死の判定基準が法的に確立されるまでには、当然ながら長い時間と数多くの論議が繰り返されてきた。たとえば日本脳波学会内に設けられた脳死委員会、およびその後の国際脳神経外科学会(1973)における脳死の基準は、(1)深い昏睡(こんすい)に陥っている、(2)両眼の瞳孔(どうこう)が散大している、(3)角膜反射が消失している、(4)自然呼吸が停止している、(5)血圧が低下している、(6)脳波が平坦(へいたん)化している、(7)以上6項目が6時間後の再チェックにおいても確認された場合、となっている。すなわち、大脳皮質はもとより脳幹機能の不可逆的停止を示しており、単なる脳波所見からの判定の危険性をなくし、不可逆性の確認にも時間的要素の重要性を強調したものとなっている。
1983年(昭和58)、わが国における脳死判定の実態を調査し、日本脳波学会脳死委員会の判定基準を検討するために、厚生省(現厚生労働省)に脳死に関する研究班が編成され、その報告書が85年5月に発表された。この厚生省脳死研究班基準では、(1)深昏睡、(2)自発呼吸の消失、(3)瞳孔の固定と散大、(4)脳幹反射の消失、(5)平坦脳波、(6)時間経過、すなわち(1)~(5)の条件が満たされたのち6時間経過をみて変化のないこと、二次性脳障害、6歳以上の小児では6時間以上の観察期間が必要であること、となっている。
しかしながら、脳死に対する各方面からの関心の高さや脳死判定の際の実務面の必要性から、91年(平成3)に厚生省研究班による「脳死判定基準の補遺」として改正と補足が行われた。それによると、
(1)深昏睡 意識レベルを測定するⅢ―3方式では300、グラスゴー・コーマ・スケールGlasgow Coma Scaleでは3でなければならない、顔面の疼痛(とうつう)刺激に対する反応があってはならない。
(2)瞳孔 瞳孔固定し瞳孔径は左右とも4ミリメートル以上。
(3)脳幹反射の消失 a.対光反射の消失、b.角膜反射の消失、c.毛様脊髄(せきずい)反射の消失、d.眼球頭反射(人形の目現象)の消失、e.前庭反射の消失(温度試験)、f.咽頭(いんとう)反射の消失、g.咳反射の消失、自発運動、除脳硬直、除皮質硬直、けいれんがみられれば脳死ではない。
(4)平坦脳波。
(5)自発呼吸の消失 人工呼吸器をはずして自発呼吸の有無をみる検査(無呼吸テスト)は必須(ひっす)である。
前記の(1)~(5)の条件が満たされた後6時間経過をみて変化がないことを確認する。二次性脳障害、6歳以上の小児では、6時間以上の観察期間を置く、などである。脳血管撮影、脳血流測定、脳幹誘発反応、X線CTなどの補助検査法は、この判定にあたって参考とはなるが必須とはならない。もちろん、検査前に前提条件が完全に満たされ、除外例がかならず除かれねばならない。そして、1997年(平成9)、臓器移植法が制定され、脳死からの臓器移植が可能となったのである。さらに、6歳未満の小児に対する脳死判定基準についても検討が始まり、2000年には厚生省研究班は脳死判定の観察期間を24時間以上とする基準を示した。なお出産予定日から数えて12週未満の小児については対象から除外された。
[加川瑞夫]
1960年ころまでは個人の死は心臓や呼吸が止まることで決定されて,医学的にも社会的にも混乱はおこらなかった。しかし,最近の医学と医療技術の進歩で,人工呼吸器が普及し,生命蘇生術が高度になり,脳は死んでいるが体が生きている場合が増えてきた。他方,腎臓,心臓などの臓器移植が行われるようになり,そのために死亡直後の臓器が必要となってきた。そこで,個人の死を単に心臓や呼吸が止まることだけで決定することではすまなくなってきた。
最近は脳死についての研究が進み,脳死の存在が認められ,それが個体死の診断基準として認められるようになってきた。81年アメリカの《生物学的・医学的・行動学的研究における倫理問題を研究する大統領諮問委員会の死の診断についての報告書》では,医師だけでなく法律家,倫理学者などの専門家の一致した意見として,脳死でもって個体死を判断する基準を次のようにしている。〈脳幹を含んだ,脳全体のすべての機能が非可逆的に停止した個体は死んでいる〉と。〈停止〉とは,大脳の機能も脳幹の機能もないときにされる評価であり,また〈非可逆的〉とは,(1)昏睡状態(意識がなくなって回復しない,またはしにくい状態)の原因がはっきりと決めることができ,(2)脳機能の喪失を十分説明でき,すべての脳機能の停止状態が適当な観察期間や治療期間中続くときにされる評価である。このような脳の状態では心臓は拍動を続けていることがあるし,脊髄の反射(たとえば皮膚をつねると手足を曲げる屈曲反射,筋肉の腱をたたくと筋肉が収縮する腱反射など)は生じることがある。脳幹の機能も停止しているから自発的な呼吸はしていないが,人工呼吸器で体に酸素が送られているので,皮膚の血色はよく,脳死状態の人を見ても,専門家以外は,感覚的にはどうしても死んでいるとは思えないものである。脳死状態の人は,数日から十数日の経過で心臓も止まり,救命は100%できない。
脳死の判定基準は国により時代によって微妙に違っているが,大きな違いはない。しかし,すべての医師が同意できるほど,脳死の診断基準が確定したものとはいいにくい。日本脳波学会が1974年に決めた〈脳死〉の判定基準は,(1)深昏睡状態である,(2)両側の瞳孔が拡大し,対光反射および角膜反射が消失している,(3)自発呼吸が停止している,(4)急激な血圧降下のあと,低血圧が持続している,(5)脳波が平坦化している,(6)以上5条件がすべてそろった時点から6時間後まで,継続的に5条件がすべて満たされているとき,その患者は脳死と判定できるとしている。
日本では,厚生省研究班が83年に作成した脳死判定基準(研究班長が竹内一夫だったので竹内基準といわれる)が使われてきた。脳障害がなく,急性薬物中毒でもなく,満6歳未満の乳幼児などを除いて,(1)深い昏睡,(2)自発呼吸の消失,(3)瞳孔が固定し径が左右とも4mm以上,(4)対光反射,角膜反射,毛様脊髄反射,眼球頭反射,前庭反射,咽頭反射,咬反射の消失(これらはすべて脳幹に中枢のある反射である),(5)平坦脳波,(6)以上の条件が満たされた後,6時間の経過をみて変化がない,があれば脳死と判定してよい。この基準は,患者のベッドサイドで臨床的に医師が判定できるようにつくられたものである。
97年,脳死を死とした法律が成立し,脳死体とは,脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定された死体をいうと決められた(臓器移植法)。
脳死の判定でいちばん注意深い区別が必要なのは植物状態との区別である。
脳死と判断されたとき,大脳や脳幹の神経細胞のすべてが死んでいるわけではなく,神経細胞群がシステムとして働いたときの機能が非可逆的に停止しているにすぎないが,やがてすべて死ぬ運命にあることは十分予測できる。少なくとも脊髄の神経細胞が生きていることがあり,この場合,システムとして働くこともありうる。
脳死の判定は厚生省令で定められるのであるが,全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定するのは,反射,脳の働きなど脳の働きの一部を診ているにすぎない。脳のすべての機能が元に戻らないことを確かめているわけではない。だから脳死でない人を脳死と判断する危険は原理的にあるから慎重な判断が求められる。しかし,〈脳死の臨時調査会〉がつくられ,脳死でない人を脳死とした例があるか調べられたが,現在のところ,そのようなことは見つかっていない。
→死 →植物人間
執筆者:久保田 競
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(田辺功 朝日新聞記者 / 2007年)
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…ところが人工呼吸器が開発されこれが医療の場で用いられるようになると,患者の呼吸停止は人工呼吸器によって代償され,したがって呼吸現象の途絶はこの限りにおいて起こらない事態となった。重症患者において,心拍は持続しているが脳の機能が失われている例が出現するに及び,従来の死の概念では律しきれない類似現象として脳死が認識されるようになった。やがて医療技術が向上し免疫抑制剤の進歩もあって,欧米を中心とする諸外国では機能の減退した臓器を他人のそれで置き換える臓器移植が進展してきた。…
… 臓器移植では,拒絶反応(自己のものと異なったタンパク質を排除しようとする反応)とともに,必ず臓器提供者(ドナーdonor)の問題がある。とくに心臓の場合には,正常に拍動している心臓を移植しなければならず,従来の〈心臓が停止した時〉をもって死とする考えでは心臓の提供者は得られず,〈脳機能が停止した時〉を死とする脳死が,法的に社会的に認められなければならない。諸外国では心臓移植がすでに標準的治療法として認められ,行われているけれども,日本でも97年10月にようやく臓器移植法が施行され,限られた医療施設において脳死体からの臓器移植が可能になった。…
…臓器の血流が止まってから臓器を移植して血流が再開するまでの時間を阻血時間というが,とくに体温の状態で阻血がおこると,細胞の代謝が行われているにもかかわらず,酸素や栄養が補給されないため細胞が死滅するので,この時間を〈温阻血時間〉と呼び,心臓や肝臓では0分,腎臓や肺では30分とし,早く臓器を冷やして細胞の代謝を抑えるようにしなければならない。心臓が動いている脳死の状態で摘出すれば,障害のないまま取り出すことができ,温阻血時間も短くできる。摘出した臓器を必要時に供給できるように保存することが望ましい。…
※「脳死」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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