偶因論ともいう。デカルト哲学の残した心身関係と自由の問題解決を目ざして現れた学説。コルドモアやゲーリンクスにみられるほか、マルブランシュがこの学説にたつ一大形而上(けいじじょう)学を展開した。デカルトは精神と物体(身体)の二元論をたて、両者をそれぞれ「思考」と「延長」を本質とする異種の実体と認めると同時に、人間の精神と身体との合一をも承認した。これに対し、この学説は二元論を貫徹し、異種の実体間の直接的相互作用を否定する。神のみが結果を現実に産出する能力をもつ。精神にある変化が生じるとき、それを「機会原因」causa occasionalis(ラテン語)として、神がそれに対応する変化を物体に生じさせるのであって、直接に精神が物体(身体)に作用を及ぼすのではない。逆もまた同じであるとされる。さらには、物体相互間にも同じ考えが適用された。こうして、デカルトと比べると、機会原因論では人間精神をはじめ被造物の神に対する受動性が著しく強調されることになった。
[香川知晶]
『桂寿一著『デカルト哲学とその発展』(1966・東京大学出版会)』
偶因論ともいう。デカルト以後の哲学の重要問題であった心身問題や神と世界の問題を,神の作用を強調する方向で解決しようとして,17世紀後半のデカルト学派の哲学者コルドモアGéraud de Cordemoy,ゲーリンクス,マールブランシュらが立てた説。世界の事象の唯一の真なる原因は神であって,これらの事象の自然的原因はすべてただ神の作用の機会原因,すなわち神がその事象を生起させる際の条件にすぎないとされる。たとえば心身問題において,デカルトは精神と物体(身体)を互いに独立する2実体として峻別する一方,人間においては両者の実体的結合をみとめたが,この説によれば,心身のあいだの直接的相互作用は否定される。身体からの刺激で精神に感覚が生まれたり,あるいは精神の意志によって身体を動かす場合にも,その刺激または意志は単なる機会原因であって,真の原因は神にあるとされた。
執筆者:赤木 昭三
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…ベルギーのアントワープに生まれ,ルーバン大学に学んで,のち同大学の教授,ついでオランダのライデン大学教授となり同地で没した。代表的な機会原因論者の一人。デカルトは精神と物体とを独立する実体として分離しながら,人間においては心身結合をみとめたが,ゲーリンクスは両者の直接的相互作用を否定し,身体の刺激によって精神に感覚が生じたり,精神が意志によって身体を動かす場合も,真の作用者は神のみであって,神が身体の刺激または精神の意志を〈道具〉ないしは〈機会〉として感覚または身体の運動を生ぜしめるとした。…
…物的事象はあくまで他の物的事象とのみ,心的事象は他の心的事象とのみ因果連関をなし,両系列の間には相互作用はないとみなす。〈平行論Parallelismus〉という用語はフェヒナーのころから用いられたが,哲学史上,平行論の立場をとったのはまず17世紀の機会原因論者である。彼らは物心二元論に立ち,物心対応の真の原因を神に帰した。…
…彼の課題はデカルト哲学に拠りつつ新しいキリスト教哲学を樹立することにあった。代表的な機会原因論者で,物理現象であれ心身の相互作用であれ,世界のすべての事象の真の原因は神であり,その自然的原因はただ神の作用の機会となるにすぎないと考えたが,これはデカルトが理論的には不徹底のまま残した心身問題の整合的な解決をはかるとともに,また神の偉大を強調するものでもあった。彼はまた人間は〈万物を神において見る〉と考えた。…
※「機会原因論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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