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正徳帝 せいとくていZheng-de-di; Chêng-tê-ti

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

正徳帝
せいとくてい
Zheng-de-di; Chêng-tê-ti

[生]弘治4(1491)
[没]正徳16(1521)
中国,の第 11代皇帝 (在位 1506~21) 。名は厚照。廟号武宗弘治帝の長子。学を好み,仏教梵語に通じ暗愚ではなかったが,長じて後宮に美人を入れ,淫楽にふけったため,宦官劉瑾 (りゅうきん) や奸臣江彬 (こうひん) らが横暴をきわめ,各地に民乱が発生したほか,皇族の安化王し鐇 (しはん) や寧王宸濠の反乱なども起った。またポルトガルの来航が始ったのもこの頃で,内外多事のなかに没した。

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世界大百科事典 第2版の解説

せいとくてい【正徳帝 Zhèng dé dì】

1491‐1521
中国,明朝第11代の皇帝。在位1505‐21年。姓は朱,名は厚照,廟号は武宗,年号により正徳帝とよばれる。第10代孝宗の長子で,暗愚ではなかったが,少年時代から奇行が多く,放縦逸楽の生活に終始した。15歳で即位後も奇行はやまず,商人のまねごとをしたり,宮廷をぬけでて町への微行を楽しみ,宮中にイスラムの礼拝堂をまねて豹房新寺をつくり,淫楽のかぎりをつくすありさまであった。この間,政治の実権は宦官の劉瑾,奸臣の江彬らに握られ,綱紀は頽廃し,賄賂が公行して社会不安が増大した。

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