翻訳|climatology
気候について研究する学問で,一般気候学または系統的気候学と,地方気候学または気候誌とに分けられ,広義における気象学の一分野をなす。別の基準で分類すれば,物理的気候学と地理的気候学とになる。系統的気候学は,さらに静気候学(統計気候学),動気候学(気団に注目する気団気候学,天候の推移に注目する天候気候学,天気図に注目する総観気候学などに細分),古気候学(過去の時代の気候変化などを研究する分野),応用気候学に分けられる。また,研究対象となる現象の大きさによって大気候学,中気候学,小気候学,微気候学などに分けられる。気候学の方法については,統計的方法,景観的方法,天候学的方法,総観的方法,力学的方法などがある。
(1)統計気候学 毎日毎日の観測値が集まって月の合計値,平均値が求められ,さらに年の合計値,平均値が求められる。また,毎日毎日の値を1ヵ月間あるいは1年間集めて出現頻度やメジアン(中央値),極値,平均値,標準偏差を求めることができる。また,気候要素と気候因子との関係を相関分析や因子分析によって求めたり,気候要素の変動の特徴そのものを統計的にとらえたりするために,統計学の助けを借りなければならない。このような立場から気候をとらえ,その統計値によって気候を表現する学問を統計気候学と呼ぶ。
(2)総観気候学 ある時刻の天気や気圧などの分布図または気圧配置図(天気図)は,ある広い地域における気象要素の分布を総観するのに役立っている。これを例えば1ヵ月間あるいは1ヵ年間について集め,その特性を調べるとその地域の気候をとらえることができる。このような方法で気候を記述する学問を総観気候学と呼ぶ。天気図に表記されているのは高気圧,低気圧,前線などで,これらの動きによって気候を表現するため,気団気候学や天候気候学とともに動(的)気候学と呼ばれる。これに対して前述の統計気候学は静気候学と呼ばれる。
(3)気団気候学 気団とは気温,水蒸気量について水平方向にほぼ一様な特性をもった空気の塊である。気候は気候要素の組合せによって表現できる。しかし,ある一つの気団の中では天気または天候はあるきまった特徴をもっているので,ある地域の気候は,気候要素の組合せによってではなく,各種の気団の出現頻度などによっても表現できる。気団は発源地によって,極気団,寒帯気団,熱帯気団,赤道気団に分けられ,水蒸気量から大陸気団と海洋気団に分けられる。これらの組合せとして寒帯海洋気団をPm,寒帯大陸気団をPc,熱帯海洋気団をTm,熱帯大陸気団をTcなどと記述する。このように,気団の特徴に基づいて気候を論ずる学問を気団気候学と呼ぶ。
(4)応用気候学 農業,林業,水産業,工業などの立地や生産の基礎には気候条件が関係してくる。これを研究するのが応用気候学である。また,人間や動・植物の環境としての気候条件を調査研究する分野は生気候学と呼ばれ,応用気候学の一部門である。また,風水害などについて論じるのも応用気候学の役割である。
気候学の歴史はギリシア時代にさかのぼる。ヘロドトスはギリシアの気候について記述し,気温,降水量ばかりでなく,雷雨や季節現象にまで論及した。ストラボン,アリストテレスの著作にも,気候現象について,今日の知識からみて正しい記述がたくさんみられる。
中世についてはあまり知られていない。例えばマルコ・ポーロの24年間(1271-95)にわたるアジアの旅行記の中に,天気や気候の記述はほんの数ヵ所しかない。16世紀に入るとルネサンス,地理的発見が相次ぎ,気象学,気候学の発展にも近世の芽生えがいろいろみられる。しかし,ほとんどはまだギリシア時代の延長であった。温度計の歴史は16世紀にさかのぼるが,17世紀になると,温度計や気圧計による観測が諸地点において比較的長い年数にわたって行われた。特に同型の測器により多数地点で長期間観測をしたという事実は,気候学の歴史の第1ページに特記されるべきである。
18世紀になると,観測記録の資料を国際的に集めて刊行することが始まった。例えば,1780年にはドイツでマンハイム気象学会ができて,組織的に57地点で気象観測を行った。その資料は《Ephemerides》(1780-95)として出版された。また,1724年にイギリスのローヤル・ソサエティの幹事ジュリンJ.Jurin(1684-1750)は各地で組織的に気象観測を行うことを提案,イギリスばかりでなく,ヨーロッパ,北アメリカ,インドなどの諸地点から記録が送られた。このほか,ロシア,フランスでも同じような努力がなされた。気候観測値が集められると,その月平均値や年平均値を求め,その値によって気候を記述することが試みられた。このようにして,〈気候は大気の平均状態である〉という定義ができた。19世紀になると観測記録が数十年から100年に達する地点もでてきた。
19世紀はいわば気候学的に地球上の未知の地をさぐる探検の時代で,気候誌の〈最もよき時代〉であった。したがって,気候は大気の平均状態であるという定義は,最も19世紀的な定義である。
気候学が科学としての形態を整えたのは,19世紀の中ごろから20世紀にかけてとみてよい。自然地理学者のA.vonフンボルトは等温線を考案した。その等温線図から,大陸の東岸気候と西岸気候の差を知った。アメリカのブロジェットL.Blodget(1823-1901)は《アメリカ合衆国の気候》(1857)を書き,その後,ヘンリーJ.Henry,コッフィンJ.H.Coffinらとともにアメリカにおける気候学的活動の基盤を固めた。ボエイコフA.I.Voeikov(1842-1916)はロシアの気候学の父と呼ばれ,《世界の気候》(1884)という気候誌をまとめ,数々の研究をまとめた。世界旅行の途中,1876年に日本にも来て各地を旅行した。そして梅雨は,インド半島の南西部と同じく,夏の季節風が地形的に強制上昇し,そのために降る雨であると考えた。これは今日の知識からみると完全に正しいわけではないが,インドの夏の季節風の吹き出しと,日本の梅雨とを関連づけて考えた点は卓見である。
ハーンJ.F.von Hann(1839-1921)はオーストリアの気象学者で,気候資料をまとめ,さらに気候学に学問的体系を与えた。この意味で,ハーンが気候学の父と呼ばれる。彼は《気候学ハンドブック》(1883)を刊行し,これが気候学の古典といわれ,一般気候学または系統的気候学がここに確立した。ドイツの気候学者ケッペンは特に世界の気候の分布論に貢献し,彼の気候分類とそれによる世界の気候区分は,今日でも用いられている。
20世紀になって,気候学はますます興隆した。代表的な気候学者の名をあげると,ドイツのガイガーR.Geiger,フローンH.Flohn,アメリカのソーンスウェートC.W.Thornthwaite,イギリスのラムH.H.Lamb,ソ連のブディコM.I.Budykoら,たくさんの研究者がいる。
日本においては《風土記》が気候誌に関する最古の書物といえよう。《万葉集》などにも自然の詳細な,そして今日の気候学の知識からみても正確な観察結果がうたわれている。しかし,この時代は,むしろ気候学の先史時代とみるべきであろう。15~16世紀には,中国や朝鮮におけるような気象観測が行われたという記録はないが,経験に基づく記載がいっそう詳細でかつ正確になった。例えば,村上雅房の《船行要術》(1456)の中には,日本において得られた海上気象に関する経験則が,陰陽説をとりまぜてではあるが記載してある。17世紀末から18世紀にかけていわゆる町人文化が最盛期にかかった。渋川春海(1639-1715)の貞享暦(じようきようれき)には二百十日とか八十八夜という今日の言葉でいう特異日が記入されている。日本国内の気候を記述した著作には,佐藤元庵(信行)の《気候審験録》(1690ころから15年間くらいで刊行),植木挙因の《土佐国水土(私)考》(1746),橘南谿(春暉)の《東遊記》(1795-97),《西遊記》(1795-98)などがある。これらは,日本各地の気候比較,および地形その他の気候因子の影響などを論じた。また,単に知識としてばかりでなく,藩政の一環として行われた防風林計画などの応用目的にも役立てられていた。幕末には,輸入されたヨーロッパからの成果をとり入れて,すでに今日の気候学の地盤が確立した。このように幕末までに,世界の気候については5気候帯論と各地の気候に関する知識,日本の気候については各地の気候の差異とその原因に関する考察が,詳しくかつ正確に集積していた。
明治になって,欧米,特にヨーロッパからの気候学の成果がたくさん輸入された。気象観測も幕末から明治にかけて諸地点で行われるようになった。例えば那覇,函館,横浜,東京,大阪などでは,すでに1870年より前に観測が開始されていた。このように,外国からの新知識を基礎に,日本でそれまでに得られていた観測結果などを加えて,新しい気候学が出発した。20世紀になって最初の収穫は,岡田武松の《Climate of Japan》(1931)であった。日本の気候誌として,海外の研究者に特に重要な文献となっている。昭和時代の発達史の特色の一つは,グローバルスケールの気候や高層気候学の研究が進んだことである。最近では,国際的なプロジェクト研究として,全地球規模の気候変動の問題が注目されている。
執筆者:林 陽生+吉野 正敏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
気候について研究する学問。気候という語climateがギリシア語の傾斜(地軸の傾き)を意味するklineinからできたといわれていることから明らかなように、ギリシア時代には気候に関する認識があり、アリストテレスやヒポクラテスは気象あるいは気候についての最初の書物を著したとされている。その時代の気候は環境としての認識である。その後西洋においては、中世以後まで特別の発達はみられない。しかし東洋においては15世紀になると、中国の明(みん)、朝鮮の李朝(りちょう)では降水量の観測が行われた。17世紀に入ると西洋でも温度計、気圧計が発明され、特定地点であるが計器による観測が始まり、徐々に連続観測が拡大し気候資料が累積する。19世紀は気候学上の発見時代であり、各地の気候についての知識が急増した時代であった。日本においては、天候、季節の推移についての感覚は鋭く、記述も多いが、気候学的に意味のある観察、記述は江戸時代に入ってからで、天文学者である渋川春海(はるみ)、西川如見(じょけん)、農学者の宮崎安貞(やすさだ)、医者であり文筆家の橘南谿(たちばななんけい)(1753―1805)らにより行われている。西欧で19世紀から20世紀にかけての気候学の確立期に活躍した学者にフンボルト、ボエイコフ、ハン、ケッペンらがいる。日本では幕末期から気候学の知識が輸入され、従来からの知識と混じり、小出房吉(こいでふさきち)(1869―?)、中村精男(きよお)、岡田武松(たけまつ)、福井英一郎(1905―2000)らにより確立された。
[吉村 稔]
今日の気候学は多岐にわたり、各地の気候について正確に記述することを目的とする気候誌や気候区分論、気候の形成のメカニズムを物理学的に研究する物理気候学、気候を総観場(ある地域の気候を、天気の集合として天気図や上層風向などとの関係で調査する)との関係から研究する総観気候学が、純粋気候学の分野である。それに対して、気候を環境の構成要素と考えて、生物との関係を明らかにする気候学の立場があり、人間生活に関連した分野と、植物・動物を対象としたものとに大別される。前者はさらに、人間の生理的な面を対象としたものと、人間の活動と気候との関係を対象としたものとがある。また、この分野とは別に純粋気候学の一分野として、過去の気候、すなわち地質時代、先史時代、歴史時代から観測時代を通じての気候の変化、その現象を明らかにすると同時にその原因について研究する古気候学ないし気候変化論があり、近年の不順な天候との関係から、取り組む研究者も多くなった。気候学の対象とする大気の状態は、人間生活に密接に関係する地上1.2メートルないし1.5メートルの気層についてであるが、上層大気と地表付近との関係が明らかになるにしたがって、高層気候学が分化し、さらに現在の都市のように、人間活動が地表面から地下にまで拡大し、大地の構造に変化を与えるようになると、その分野の気候についても研究が必要になってきている。
さらに気候学に特色的な概念に、気候のスケールの概念がある。これは、対象とする空間の広さ、ひいては垂直的な広がりによって、作用する大気の大きさ、気候として把握される現象に差があるためで、大気候、中気候、局地気候(小気候)、微気候に分けられる。このスケールの概念は、時間についても考慮される。したがって、特定地点の気候についてもこれらを考慮していく必要がある。
気候学は大気の総合的な状態を対象としており、また観測は特別観測を除いては気象観測に依存する面が大きい。その意味からは気候学は気象学の一分野であるが、場所の限定のない気候学はない。また、どのように空間を設定するかが、気候を把握するうえにきわめて重要である。その意味では地理学の知識も不可欠である。
最近のリモート・センシング(遠隔計測)や情報処理技術の発展により、未知の地域の気候が明らかにされると同時に、人間活動の気候に対する影響あるいは気候変動の研究に、多くの成果が出ている。
[吉村 稔]
『吉野正敏著『気候学』(1968・地人書館)』▽『福井英一郎・吉野正敏編『気候環境学概論』(1979・東京大学出版会)』
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…気象の現象論的な面を重視したものを気象学とし,物理的な面に重点をおいたものを大気物理学といって区別することもある。また,日々の気象を記述し,研究をする学問を狭義の気象学とし,何年にもわたる気象の平均的な状態を記述し,研究をする学問を気候学として区別することもある。しかし,広義には気候学も気象学の一分野である。…
※「気候学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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