青地林宗(あおちりんそう)が1825年(文政8)に書き,27年に出版した日本で最初の物理的科学の刊本。桂川甫賢(1797-1844)による序文4ページと凡例4ページ・本文80ページ・図6ページからなり,全文漢文で書かれている。〈凡例〉に,さきに西洋の理科書を渉猟し,格物綜凡若干編を訳述したが,そのうち〈気性〉数十章を抄し,気海観瀾と題し出版する,とある。その内容は,体性,引力,温質,気性,気種,窒気,清気,燃気,硬気,吸気,光,色,音,越列吉的爾(エレキテル),気化,雲,雨,電雷,虹,水性,験水,潮汐等40項目にわたり,19世紀初頭ヨーロッパの物理・化学の基礎的知識が簡潔に記述されている。窒気は今日の窒素,清気は酸素,燃気は水素,硬気は二酸化炭素を意味し,越列吉的爾の項には静電気およびガルバーニ電池のことが記されている。原子・分子という語はなく,それを意味する語として〈極微〉が使われており,〈体性〉の項に〈物の体を為す,原質微細,集まりて以て之を成す,其の質,之を極微と謂ふ。其の至微至細の極,復(また)析つ可からざるに至りて,而る後に一極微と為す〉とある。
23年後の1850年(嘉永3),川本幸民(林宗の三女秀子を妻とす)は,《気海観瀾》を増補し,漢文でなく国語(仮名交り文)で《気海観瀾広義》5編15巻を書き,51年から58年(安政5)にかけて順次出版した。〈凡例〉の冒頭に〈ヒシカ′ハ和蘭ニコレヲナチュールキュンデ′ト云ヒ。先哲訳シテ理学ト云フ。天地万物ノ理ヲ窮ムルノ学ニシテ。上ハ日月星辰ヨリ。下ハ動植金石ニ至ルマデ。其性理ヲ論弁シテ。一モ残ス所ナシ。〉とあり,第1冊巻一~三には,費西加(ヒシカ)要義,体性総論,真性,仮性,分類の項目において総論が,第2冊巻四~六では,天体,動,游動直落,斜落,複動,中心力,重心,運重器,物体衝突の項目において天文と力学が,第3冊巻七~九では,流体総論,水,水圧,諸体本重,大気,大気夾雑諸気類の項目において,液体・気体の物理・化学が,第4冊巻十~十二では,温,越歴的里失帝多(エレキテリシテイト),瓦爾発尼斯繆斯(ガルハニスミユス)などの項目において,熱,燃焼,静電気とガルバーニ電池について,第5冊巻十三~十五で,磁石,光学が述べられている。《気海観瀾》の原本は主として,ボイスJohannes Buysの《Natuurkundig schoolboek uitgegeven door de maatschappj Tod Nut vaut algemen》(1798)であるとされる。
執筆者:道家 達将
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
日本で最初の物理科学書。青地林宗(あおちりんそう)が1825年(文政8)に訳述、1827年に刊行。すでに『格物綜凡(かくぶつそうはん)』と題して訳述していたボイスJohannes Buys著の理科の書『Natuurkundig Schoolboek』(1798)のなかから「気性」に関する部分だけ数十章を抄出したもので、漢文で書かれ、簡略で意義は難解である。林宗は「理科は義理の大学」といい、また「理科は物則の学なり」とも規定し、経験科学を唱道している。
本文は物質の定義に始まり、引力・圧力などの力学、気体・液体・固体の性質、光・色・音から、風・雲・雷電・虹(にじ)・潮汐(ちょうせき)などの自然現象に及ぶ40項目からなり、自ら試作した器具も利用して19の図を添えて解説を深めている。それまでの伝統的な宋(そう)哲学に基づく観念的思弁の「窮理(きゅうり)の学」から離脱して、近代的「究理」の思考に立脚している点が特色である。この立場は川本幸民(こうみん)や帆足万里(ほあしばんり)、広瀬元恭(げんきょう)らに継承された。
[片桐一男]
『狩野亨吉他監修『日本科学古典全集6 気海観瀾』復刻版(1978・朝日新聞社)』
…訳書は,V.M.ゴロブニンの日本幽囚中の日記の蘭訳本を馬場佐十郎の後を継いで和訳した《遭厄日本紀事》をはじめ,《依百乙(イペイ)薬性論》《訶倫(ホルン)産科書》《医学集成》《公私貌爾觚(コンスブルグ)内科書》などの医薬書,《輿地(よち)誌》《輿地誌略》などの地理書,I.V.クルーゼンシュテルンの《世界航海記》の蘭訳本を和訳した《奉使日本紀行》や《居家備用》など多数にのぼる。また,オランダのボイスの《Natuurkundig Schoolboek》の訳などをもとに,25年日本最初の物理学書とされる《気海観瀾》を執筆し,27年に出版。32年(天保3)水戸藩主徳川斉昭に招かれ,医官兼西学都講となったが,翌年病没,浅草曹源寺に葬られた。…
※「気海観瀾」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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