水産物流通(読み)すいさんぶつりゅうつう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「水産物流通」の意味・わかりやすい解説

水産物流通
すいさんぶつりゅうつう

魚貝類や海藻類などの水産物について、生産段階から最終消費段階に至るまでの仕組みや流通。

水産物流通の特性

生鮮魚貝類・海藻類は、農産物と比較して一般に生産の季節性や漁況・海況による変動性が大きいこと、腐敗性が強いこと、さまざまな漁業規模や漁具・漁法の存在により魚種、鮮度、品質が実に多様で、選別・規格化も容易ではないなどの商品特性を有している。また、水揚げされる水産物の種類と量がまちまちな産地漁港が全国各地に分布しており、消費地への輸送経路は多岐にわたる。そして、生鮮魚貝類は産地段階から川下・末端(消費地)に至る用途別仕向けの過程で低次・高次ならびに食用・非食用の各種加工が行われる。このような事情から、水産物の流通は物流上も、またその担い手においても多様で複雑な様相を呈する。そうした水産物流通も漁業生産と経済の発展のなかで変化を遂げることとなる。

[廣吉勝治・工藤貴史 2022年9月21日]

水産物流通の(卸売市場の機構形成に向けた)近代史

近世期において、多くの浦浜では漁業生産の小規模分散性および魚貝類の商品特性の存在を背景として、在郷商人魚問屋)の前近代的な買占めや仕込み支配の下におかれる状態が長く続いた。また、経済的価値の高い魚貝(イワシニシンスルメイカナマコアワビ、昆布等)を産出する一部の浦浜では、魚肥や乾物加工品等を取り扱う前期的特権商人である海産商、廻船問屋等が遠方への移出を担うという形態がみられた。しかし、近代に入り(とくに明治後期以降において)、都市消費地の発達と漁業生産の発展に促され、産地漁港や交通条件(鉄道開業等)、水揚げ施設などが順次整備され、水産物の流通機構はしだいに問屋商人の集合市場施設や、水産組合・漁業組合による共同販売所へと移行した。漁船の動力化、沖合遠洋漁業の奨励と発展等を背景に、明治末から大正期には国や地方庁による漁港や荷捌(にさばき)所の整備が始まっている。他方、東京・大阪・京都・名古屋をはじめとする都市消費地では、江戸時代から問屋御用をつとめる特権的商人の集合市場が発達して、しだいに形を整え、それが消費地大規模卸売市場の前身となった(とくに、1923年(大正12)の中央卸売市場法制定が転機)。産地漁港においても都市消費地においても、卸売市場が水産物流通を代表する近代的機構として本格的に発展するのは第二次世界大戦後であるが、この基礎構築は歴史的・段階的になされてきたものである。

 とりわけ、漁獲物の商品特性に対応し、さまざまな一次的用途別配分や仕向け、価格形成機能等を通して漁業生産の継続性を支える役割を果たす産地卸売市場は、消費地市場へ売りつなぐ出荷業者(魚問屋)、冷凍冷蔵業者、各種の水産加工業者等、多様な仕向け・処理能力を有する買受業者を構成員として多数包摂し、水産物流通における独自の存在として、多くの中核的産地でそれぞれの地域的経緯を伴って比較的早くから整備された。農商務省の1911年(明治44)魚市場調査によれば、この時点で許可市場が779、非許可市場(事実市場)が808存在していた。

[廣吉勝治・工藤貴史 2022年9月21日]

多元化の時代に入った水産物流通

第二次世界大戦後、とくに高度経済成長期において、卸売市場機構が水産物流通の担い手としてもっとも盛行する時代を迎えるが、同時に(主として1970年代後半以降において)、漁業生産や流通環境の構造的変化、および各種物流技術革新の影響を受け、水産物流通にもさまざまな影響が現れるようになった。すなわち、従来のような産地市場→消費地市場といった2段階の卸売市場中心の流通の縮減、再編が避けられない状況が生じ、新たな流通経路の形成を含む多岐的、多元的な流通が展開している。かつ、流通の担い手として、商社や水産会社、あるいは専門業者(いわゆる場外問屋とも)や量販店・外食産業、直販業者といった新規の事業者の参入もみられる。こうした動向には以下のような背景がある。

(1)冷凍・加工技術(冷蔵庫保管)の発達・普及によって、水産物の主要な取扱形態が生鮮品から保管と出荷調整が可能な冷凍・加工品へと移行し、規格・定型・定価品的な水産物の取扱いが台頭している。同様の傾向は、流通管理された輸入魚貝類が増加し、あるいは養殖生産が展開したり活魚供給の取扱いが増大したりすることでも現れる。

(2)漁業生産の遠隔化や大型化、技術革新等を背景として、計画的、組織的出荷販売につなげていく対応が生じている。底引網漁業の二層甲板装備による製品の船上仕立て、ブライン凍結技術を契機とするロインやブロック加工生産に至る遠洋マグロ漁業、遠洋イカ漁業におけるIQF(individual quick frozen個別急速冷凍)等、多くの事例がある。

(3)交通ネットワークの整備、人口集中都市の形成および食生活様式の変化を背景に、末端流通において組織型小売業(量販店、コンビニエンス・ストア等)、および各種の外食・中食産業等、新たな業態が展開し、規格・定型品の大量・計画販売が可能となった。あわせて、末端流通を担う事業者のバイイング・パワー(大量購買者優位の取引)も強まっている。

(4)輸送、保管、仕分け、配送、および物流関連機器の開発・普及、ならびに流通施設の整備がIT技術の普及とともに進捗(しんちょく)し、流通全体の再編に影響を及ぼす流通・物流面のコスト競争や、フードシステム構築の動向が無視できなくなっている。

 かくして、水産物においても自給率低下の傾向が指摘されるなかで(2020年55%)、エビ、マグロ、サケ・マス、イカ、タコおよび魚卵類をはじめ、主要水産物の流通は卸売市場以外の経路が介在した市場外流通となっており、既存の卸売市場流通においても多大な影響を受けつつある。とくに、全国の中央卸売市場においては、水産物取扱量の過半は冷凍・加工品となるとともに、生鮮特性の緩和された取扱品目の増加を受けて、委託集荷、せり・入札販売といった、かつての原則的取引割合の低下が著しい(いずれも20%以下)。また、いわゆる「卸売市場経由率」の低下傾向も進行している(1990年72%、2018年47%。農林水産省推定、ただし産地市場を除いた値)。このような状況のなか、多様・多元化した流通形態に対応すべく、近年、政府は「卸売市場を含めた食品流通の合理化とその取引の適正化を図る」立場から卸売市場法改正(最近では2018年)をはじめ、さまざまな改善方策を提示している。こうした流通の構造的変化に対しては、水産物においてもたとえばITを活用した生産者による直接販売や、「スマート水産業の推進」といった方策も出されているが、一方で産地卸売市場のあり方を含め、生鮮食品流通における公共政策の立場からの卸売市場再編成という課題の解決が期待されている。

[廣吉勝治・工藤貴史 2022年9月21日]

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