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永保寺 えいほうじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

永保寺
えいほうじ

岐阜県南部,多治見市北部の虎渓山にある臨済宗の寺。夢窓疎石が庵居を結んでいたところに元翁本元が建てた禅寺で,虎渓山と呼ばれ中世禅寺の境地をよく残している。鎌倉時代末期に建立の仏殿にあたる観音堂に面して建ち,若干の和様化をみせる。疎石と本元をまつる開山堂 (南北朝時代) は祀堂と礼堂を連ねた最古の例で,観音堂とともに国宝に,また庭園は国の名勝にそれぞれ指定されている。

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百科事典マイペディアの解説

永保寺【えいほじ】

岐阜県多治見市にある臨済宗南禅寺派の寺。本尊釈迦如来。夢窓疎石の庵居を開創とし,開山は仏徳禅師。1314年建立と伝える観音堂,1352年建立と伝える開山堂は国宝で,構造や細部の手法でも室町時代の唐様建築の代表例として貴重。
→関連項目唐様多治見[市]

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デジタル大辞泉プラスの解説

永保寺

岐阜県多治見市にある寺院。1313年創建。臨済宗南禅寺派。本尊は観世音菩薩。庭園は国の名勝、観音堂と開山堂は国宝に指定。

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世界大百科事典 第2版の解説

えいほじ【永保寺】

岐阜県多治見市にある臨済宗南禅寺派の寺。山号は虎渓山。虎渓の称は景致が中国廬山の虎渓に似ていることによる。1313年(正和2),土岐氏の招きをうけた夢窓疎石が長瀬山の幽境に庵居しこの禅寺を開創したが,17年(文保1)夢窓は同門の元翁本元(仏徳禅師)に寺の後事を託して上京し,35年(建武2)夢窓が臨川寺(京都)開山となったとき,永保寺開山は元翁本元に改められた。元翁の寂年は1331年(元弘1)で,開山となった時はすでに遷化していたが,元翁の塔所である南禅寺正的庵末寺の五山派寺院として展開した。

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大辞林 第三版の解説

えいほうじ【永保寺】

岐阜県多治見市にある臨済宗南禅寺派の寺。山号、虎渓山。開基は夢窓国師、開山は仏徳禅師。開山堂・観音堂は禅宗建築の代表的遺構で国宝。古渓寺。巨景寺。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

永保寺
えいほうじ

岐阜県多治見(たじみ)市虎渓山(こけいざん)町にある臨済宗南禅寺派の寺。虎渓山と号する。夢窓疎石(むそうそせき)が、隠棲(いんせい)していた古渓(のちに虎渓)の地に1313年(正和2)土岐頼氏(ときよりうじ)の援助で創建した。開基は元翁本元(仏徳禅師)とされる。応仁(おうにん)の乱(1467~77)のとき兵火にかかり、開山堂と観音堂だけが残った。寺は土岐川の渓流に臨み、梵音巌(ぼんのんがん)とよばれる背後の断崖(だんがい)から滝が流れ落ちる幽境の地にあり、その自然を巧みに取り入れた夢窓疎石作の庭園は国の名勝に指定されている。観音堂は和様・唐(から)様折衷の建築で、一重の裳階(もこし)をもつ入母屋(いりもや)、檜皮葺(ひわだぶき)の屋根は強い反りをもち、室町初期の唐様をよく表している。1352年(正平7・文和1)足利尊氏(あしかがたかうじ)が建てたと伝えられる開山堂は室町時代禅宗建築の代表例で、観音堂とともに国宝に指定されている。寺宝の千手(せんじゅ)観音画像は国の重要文化財。[菅沼 晃]

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