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沃沮 よくそOkchǒ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

沃沮
よくそ
Okchǒ

朝鮮,咸鏡道方面に居住していた古代部族名,ならびに地域の名称。夭沮とも記す。文献上,初めての詳説は『三国志魏志東夷伝である。これによれば,彼らは中国文化を取入れて高度の文化をもち,高句麗とあまり変らないとされている。高句麗の台頭に伴いその支配を受け,三国時代には魏軍の侵略を受けた。なお沃沮は五千余戸の部族社会で,土地は肥沃で農耕が発達,魚,塩など海産物も豊富であった。また南北に分裂しており,南沃沮は高句麗の東のため東沃沮とも呼ばれた。

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デジタル大辞泉の解説

よくそ【沃×沮】

中国、時代に朝鮮半島北東部にいた古代民族。また、その居住地

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世界大百科事典 第2版の解説

よくそ【沃沮 Wò jù】

古代の朝鮮半島北東から現在の中国の東北方面北方にかけて居住していた部族名。またその国名,地名。沃沮については最も詳細な記録を残した《三国志》魏志東夷列伝によると,沃沮族は半島の北東部,すなわち現在の咸鏡道からその北方に居住していたようであるが,古文献ではさらに北方のウスリー江流域一帯に存在していたらしい。北は挹婁(ゆうろう)や夫余(ふよ)族,南では濊貊(わいばく)に接し,西方には高句麗の勢力があった。

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大辞林 第三版の解説

よくそ【沃沮】

漢・魏時代に、朝鮮東北部にいた種族。漢の郡県に属したが、のち高句麗こうくり、さらに魏に服属した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

沃沮
よくそ

朝鮮北東部の古代民族とその居住地の名。『魏志東沃沮伝(ぎしとうよくそでん)』によれば、地形は南北に長く、北は(ゆうろう)、夫余(ふよ)、南は(わいばく)に接し、戸数は5000戸で、大君主はいず、邑(ゆう)ごとに長帥(首長)がいて、言語は高句麗(こうくり)とほぼ同じという。前漢の初め、衛氏(えいし)朝鮮に臣属したが、武帝が四郡を置くと(前108)、玄菟(げんと)郡の支配を受けた。のちに高句麗に臣属したが、魏の丘倹(かんきゅうけん)の高句麗攻撃(244、245)の余波を受けて、その居住地は荒廃した。[浜田耕策]

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