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湯河原温泉 ゆがわらおんせん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

湯河原温泉
ゆがわらおんせん

神奈川県湯河原町静岡県熱海市にまたがる温泉箱根外輪山の南東斜面,千歳川とその上流藤木川の岸に沿う。千歳川左岸は神奈川県,右岸は静岡県に属する。泉質単純泉,食塩泉,硫酸塩泉泉温は 70~90℃で,湯量は豊富。外傷,胃腸病にきく。関東地方有数の温泉地で,旅館が軒を並べる。藤木川上流には閑静な奥湯河原 (広河原) 温泉がある。外輪山を越えて箱根へ通じる湯河原パークウェイ,椿ラインの観光道路が建設されて箱根回遊が便利になった。一帯はミカンの栽培が盛んで,観光ミカン園も多い。万葉公園,不動滝などがある。奥湯河原県立自然公園に属する。

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デジタル大辞泉プラスの解説

湯河原温泉

神奈川県足柄下郡湯河原町の千歳川および藤木川沿いに広がる温泉地。一部は静岡県熱海市にかかる。泉質は単純泉、弱食塩泉など。「万葉集」にも記述がみられる古湯。明治以降は、芥川龍之介小林秀雄といった文人墨客が多く滞在したことでも知られる。地域団体商標

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日本の地名がわかる事典の解説

〔神奈川県〕湯河原温泉(ゆがわらおんせん)


神奈川県南西部の足柄下(あしがらしも)郡湯河原町、箱根(はこね)外輪山の南東斜面を流れる千歳(ちとせ)川畔にわく行楽・保養向きの温泉。上流の奥湯河原温泉、千歳川右岸で静岡県側の泉(いずみ)地区(伊豆(いず)湯河原温泉とも)、海岸近くの門川(もんがわ)・吉浜(よしはま)地区も含め、大温泉街を形成している。箱根・熱海(あたみ)と結んだ観光ルートの一拠点となる。旅館街の近くに万葉植物園、海岸に海水浴場がある。相州(そうしゅう)ミカンの産地で、ミカン狩りも盛ん。ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉。泉温89℃。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

湯河原温泉
ゆがわらおんせん

神奈川・静岡県境を流れる千歳(ちとせ)川およびこれと落合橋で合流する藤木川沿いにおもに湧出(ゆうしゅつ)する温泉。大半は神奈川県湯河原町に属するが、千歳川右岸の静岡県熱海(あたみ)市泉地区を含む。
 『万葉集』に「足柄(あしがり)の刀比(とひ)の河内に出づる湯の」と詠まれ、古くから知られている。1817年(文化14)の温泉効能番付では箱根、熱海より上位に位置し、切り傷に効能があるとされた。当時は簡単な露天風呂(ぶろ)3か所、湯宿6軒であった。1880年(明治13)ころの浴客の年平均数は箱根の約10万、熱海の約3万5000に対して1700にも満たなかったが、1887年、東海道線が国府津(こうづ)まで、1895年に小田原―熱海間に人車鉄道(後に軽便鉄道)が通じ、さらに1934年(昭和9)丹那(たんな)トンネルが開通して東海道線が通じたことにより増加した。温暖な地で、多くの文学者や画家を引きつけ、日清・日露戦争および第二次世界大戦時に軍の転地療養所も置かれた。1923年(大正12)ころは源泉数18、湧出(ゆうしゅつ)量毎分406リットル、2002年(平成14)は源泉数101、湧出量毎分6837リットル、最高泉温90℃、平均泉温61.5℃、年間観光客数539万、うち日帰り客数448万、宿泊客数91万。古くからの温泉街である温泉場地区に万葉公園、美術館、周辺に梅園、ツバキとサクラの名所やミカン園、源頼朝(みなもとのよりとも)ゆかりの史跡などがある。
 奥湯河原の広河原は1929年(昭和4)に温泉開発に成功して以来、奥座敷的温泉地、海岸部の門川(もんがわ)は1963年に開発されて海浜型温泉地として親しまれている。
 湯河原の地名は、河床から温泉が自然湧出していたことに由来するが、明治以降の開発によって、温泉の水位が80メートル以上も河床下になり、現在はすべて動力揚湯である。泉質は温泉場地区が塩化物泉と単純温泉、広河原が硫酸塩泉、門川が塩化物泉で、いずれも無色透明無臭の火山性温泉である。[大山正雄]

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