漢文教育(読み)かんぶんきょういく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「漢文教育」の意味・わかりやすい解説

漢文教育
かんぶんきょういく

中学校・高等学校における漢文教育は、わが国の古典としての漢文として、国文古典と並んで、古典教育として行われている。漢文をわが国の古典として位置づけているのは、漢籍が早くから伝来し、先人のくふうによる訓読によって、長い間、しかも広く愛読され、言語、文学思想、歴史、制度など、過去の日本文化を形成する有力な母体となっているからである。したがって漢文はわが国の学問教育上とくに重要視され、王朝時代からの大学寮、それに関与する博士家(はかせけ)、江戸時代における幕府直轄の昌平黌(しょうへいこう)や各藩の藩校、郷学、私塾寺子屋などにおける学問教育の内容は漢文を主としたものであった。その後、明治の学制頒布から第二次世界大戦終戦まで、中等教育においては、国語漢文科、国語及漢文科、国民科国語として、今日の教育課程とは比較にならないほど多くの時間を設けて、必修科目として履修されたものである。

鎌田 正]

戦後漢文教育の変遷

第二次世界大戦後は、当用漢字制定や現代国語を重視する主張に基づいて、中学校では、従前原文による漢文の履修は著しく改められ、親しみやすい格言故事成語や詩文などが、書き下し文などを活用して、ある程度履修されている。

 高等学校では、漢文は一時必修科目から外され、選択科目として履修されていたが、漢文古典に対する関心と理解力が著しく低下し、人間形成のうえに一大欠陥をあらわし、新文化創造のうえにも重大な支障があるという強力な批判が行われた。これにこたえて、1960年(昭和35)改訂告示の学習指導要領(実施は1963年)の改訂では、現代国語(7単位)のほかに、古典甲(2単位。古文、漢文の一方に偏らない)・古典乙Ⅰ(5単位。古文3、漢文2)のいずれか一方を必修科目とし、古典乙Ⅱ(3単位。古文2、漢文1)が選択科目となり、漢文教育が必修科目として復活するに至った。

 続いて1970年(昭和45)の改訂告示(実施は1973年)では、古典Ⅰ甲(2単位)が必修科目、古典Ⅰ乙(5単位。古文3、漢文2)と古典Ⅱ(3単位。古文、漢文各1以上)とが選択科目として改定されたが、古典Ⅰ乙は準必修として扱われるので、実質的には従前の古典乙Ⅰと同様であり、したがって漢文の履修は普通高校では2単位を必修として行われた。

 しかるに1978年(昭和53)に改訂告示されたもの(実施は1982年)は、必修国語Ⅰ(4単位)と準必修国語Ⅱ(4単位)のなかで、古典はそれぞれ1.5単位と規定され、必修科目としての漢文はあわせて1.5単位となった。選択科目として古典(4単位。古文・漢文同等)も設けられているが、必修科目としての漢文は従前の2単位より縮小され、このことが強く批判された。

 そこで1989年(平成1)に改訂告示された学習指導要領(実施は1994年)では、国語Ⅰ・Ⅱはほぼ従来通りであるが、選択科目として古典Ⅰ・Ⅱ(各3単位)に加えて古典講読(2単位)が設けられ、古典尊重の態度を示している。

 ところが、1999年(平成11)改訂告示の学習指導要領(実施は2003年)は、国語表現Ⅰ(2単位)と国語総合(4単位)のなかから一つを選んで必修科目とし、古典(4単位)、古典講読(2単位)を選択科目としている。国語表現Ⅰには「古典の表現法、語句語彙(ごい)なども関連的に扱う」とだけあり、もはや古文や漢文は必修科目として履修されなくなり、かつ選択科目の古典も従前より著しく縮小されている。これはきわめて重大な問題である。

[鎌田 正]

漢文教育の意義

このように、漢文教育は1963年(昭和38)に復活して以降、ほぼ20年間にわたり履修されたものの、ふたたび削減縮小される傾向が顕著となっているが、以下に述べるような漢文学習の意義の重大性を再認識し、わが国の古典として大いに尊重されなければならないと思われる。

(1)日本文化の源泉を理解するとともに、言語文化の享受と伝承に役だてる。

(2)漢字・漢語に対する正確な知識や感覚を豊かにし、現代の言語生活に役だてる。

(3)漢文の簡潔で優れた表現や、論理的な文章構造を理解し、現代の言語表現に役だてる。

(4)思考力・批判力を伸ばし、視野を広め、心情を豊かにして人間形成に役だてる。

(5)漢文古典の現代的意義を理解し、新しい文化の創造に役だてる。

[鎌田 正]

『鎌田正編『漢文教育の理論と指導』(1972・大修館書店)』『佐野泰臣著『漢文教育考』(1978・教育出版センター)』『大矢武師・瀬戸仁編『高等学校における古典指導の理論と実践』(1979・明治書院)』『江連隆著『漢文教育の理論と実践』(1984・大修館書店)』『佐野泰臣著『漢文の世界 漢字・漢文教育の考察』(1989・徳島県教育会)』『大平浩哉・鳴島甫編著『高等学校 国語教育情報事典』(1992・大修館書店)』『鎌田正・田部井文雄監修『研究資料漢文学』全11巻(1992~95・明治書院)』『江連隆著『論語と孔子の事典』(1996・大修館書店)』『大平浩哉編著『国語教育史に学ぶ』(1997・学文社)』『三浦叶著『明治の漢学』(1998・汲古書院)』『町田三郎著『江戸の漢学者たち』(1998・研文出版)』『田中孝一・鳴島甫編著『改訂高等学校学習指導要領の展開 国語科編』(2000・明治図書出版)』

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