歌舞伎用語。歌舞伎の演目の一種である世話物の中でも特に写実的要素の濃いものをいう語で,同時にそのような演技・演出をもさす。〈真世話(まぜわ)〉ともいう。生世話の〈生〉は生粋の意と思われ,徹底した世話,世話物中の世話物の謂(いい)であろう。生世話という称は,上方の狂言作者の間で歌舞伎脚本の分類用語として用いられてはいたが,文化・文政期(1804-30)の作者4世鶴屋南北が登場するに至って,彼の新しい作風を称する語となった。南北の生世話は写実に終始するものではなく,時代物的な様式性をも併せ持つ世界である。生世話たる《東海道四谷怪談》は,〈忠臣蔵〉という時代物の世界にお岩・伊右衛門の〈四谷怪談〉をないまぜて構成されており,時代世話混淆の重層構造を持っている。このように筋がからみ合う複雑な仕組(しぐみ)を駆使して,現実の実相を鋭く描き出してみせるところに南北の生世話の真骨頂があるといえる。南北における生世話の称は,部分的にみられる写実的または写生的市井の生活描写や演技・演出といったものだけではなく,それらを含む構造全体,つまり筋がからみ合う新しい世界をさすものであった。南北以前,上方の初世並木五瓶が,1794年(寛政6)に江戸へ下り,合理的作風をみせたこと,また,1792年11月江戸河原崎座の《大船盛鰕顔見世(おおふなもりえびのかおみせ)》で,4世岩井半四郎が切見世女郎の三日月おせんを演じたことなどは,南北の生世話を生み出す準備段階として注目される。南北以後,3世瀬川如皐(じよこう)から河竹黙阿弥へと至るうちに,市井の生活描写や演技・演出の写実化という面が継承され発展していくことになる。しかし,写実的傾向の拡大といっても,歌舞伎では下座音楽を使い,せりふのリズムや舞台の動きにおいても美化された様式は生きている。河竹黙阿弥が4世市川小団次と組んで作り上げた生世話というのも,そのような安定した様式性につつまれた写実的世界であり,南北の生世話とは違った形での完成をみせたものといえる。
執筆者:三浦 広子
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…それは演技・演出の写実的傾向である。中村仲蔵,4世市川団蔵,5世松本幸四郎らによって,動作・風俗に〈正写し(しよううつし)〉すなわち写生的な物真似の芸を尊ぶ風が流行し始め,次の文化・文政期に〈生世話(きぜわ)〉の演技様式として展開を示す基になった。江戸の文化全般が,〈天明調〉からしだいに移り変わろうとしていた。…
※「生世話」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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