生田川(読み)イクタガワ

デジタル大辞泉 「生田川」の意味・読み・例文・類語

いくた‐がわ〔‐がは〕【生田川】

神戸市を流れる川。摩耶まやに源を発し、布引滝ぬのびきのたきとなって神戸港に注ぐ。菟原処女うないおとめが身を投げた妻争いの伝説で知られる。万葉集・一八〇九に詠まれ、大和物語にもみえる。[歌枕
「すみわびぬわが身投げてむ津の国の生田の川は名のみなりけり」〈大和・一四七〉

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「生田川」の意味・読み・例文・類語

いくた‐がわ‥がは【生田川】

  1. [ 一 ] 神戸市中央区を流れる川。摩耶山を源とし、布引の滝となって神戸港に注ぐ。菟原処女(うないおとめ)をめぐる妻争いの伝説で知られる。
  2. [ 二 ] 「万葉集‐巻九」高橋虫麻呂作の「菟原処女の墓を見る歌」によまれ「大和物語」により流布した妻争いの伝説。津の国の菟原処女に菟原、血沼(ちぬ)の二人の男が求婚し、娘の親が条件に出した水鳥も同時に射あてたので、娘は板ばさみに苦しみ「住みわびぬ我が身投げてん津の国の生田の川は名のみなりけり」とよんで身を投じ、男二人もあとを追ったという。謡曲「求塚」、井原西鶴「好色一代男」などの題材となる。
  3. [ 三 ] 戯曲。一幕。森鴎外作。明治四三年(一九一〇)発表。同年有楽座で初演された。生田川にまつわる妻争いの伝説に素材を求めた、現代語を用いた史劇。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

日本歴史地名大系 「生田川」の解説

生田川
いくたがわ

神戸市の東部を流れ大阪湾に注ぐ川。源を灘区、六甲ろつこう山地中の標高約六一五メートルの杣谷そまだに峠北側に発し、いくつかの渓流を合せ、北区の南東部を経て中央区の東部をほぼ北から南に流れ、阪神高速三号神戸線の生田川インターチェンジの南で神戸港に注いでいる。流域のうち、山間部の布引ぬのびき渓谷にある布引滝は古来著名で、生田川・布引滝はともに歌枕となっている(「八雲御抄」など)。「千載集」に藤原通経の「こひわびぬちぬのますらをならなくにいくたのかはにみをやなげまし」が載る。なお平地部へ出た右岸に生田神社が鎮座し、当川流域の生田宮いくたみや・神戸・生田・熊内くもちなど諸村が氏子圏であった。応安四年(一三七一)に九州探題となり下向した今川了俊の「道ゆきぶり」には「いくた川につきぬ、此川に鳥いしますらおのつかとて、道のべちかく村だちたる、松風かすかにをとづれしも、なにとなくきゝすぐしがたかりき」とみえる。

文禄三年(一五九四)太閤検地実施に際して兎原うはら郡と八部やたべ郡の境界が問題となり、検地奉行片桐且元浅野長吉は生田川を境界として、田畑・山林・河原とも分けると定めた(「兎原郡八部郡堺目之事」村上家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「生田川」の意味・わかりやすい解説

生田川
いくたがわ

叙事伝説。摂津国(大阪府、兵庫県)の女に求婚する2人の男、菟原(うない)と血沼(ちぬ)がいた。女の親はいずれとも決めかねて、生田川の水鳥を射とめたほうに嫁すと約す。2人はそれぞれ水鳥の頭と尾を射たので、女は思い悩み「住みわびぬわが身なげてん津の国の生田の川は名のみなりけり」と詠んで投身する。2人の男は後を追い、それぞれ女の足と手を捕らえて死んだ。人々は女の塚の左右に2人の男の塚を築いて、その塚を処女塚(おとめづか)とよんだ。この和歌説話は『大和(やまと)物語』147段に記されているものだが、古くは『万葉集』巻9に葦屋(あしや)の菟原処女に血沼壮士(おとこ)・菟原壮士が求婚し争った伝説として収載される。『万葉集』にはこの種の塚を訪ねて葬られた処女を悼む歌がいくつか詠まれていて、葛飾(かつしか)の真間(まま)の手児奈(てこな)(巻3、巻9)や桜児(さくらこ)や鬘児(かつらこ)(巻16)も同種の死に遭遇した処女の伝説である。当代の歌人はそれらの伝説に特別の感興を催し挽歌(ばんか)に詠んだのだが、これらの処女は特定の女性というより、その土地土地にあった産土(うぶすな)に仕える巫女(みこ)の伝承である。巫女が神聖な生活を送り、その神の女としての伝承がいくつも重なり合って一つの伝説が定着したものであろう。後代の謡曲『求塚(もとめづか)』はこの伝説で、森鴎外(おうがい)も戯曲『生田川』として劇化し、1910年(明治43)自由劇場により有楽座で上演された。夏目漱石(そうせき)『草枕(くさまくら)』にも登場する。

[渡邊昭五]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の生田川の言及

【菟原処女】より

…兵庫県六甲山南麓菟原(うはら)の地(現,芦屋市周辺)に住んでいたという美少女。万葉歌人高橋虫麻呂,田辺福麻呂(さきまろ),大伴家持に歌われ(巻九,十九),後世《大和物語》147段,謡曲《求塚(もとめづか)》,森鷗外の戯曲《生田川》にもなった妻争い伝説の女主人公である。慕い寄る男たちの中でとりわけ執心なのが菟原壮士(うないおとこ)と和泉国の智弩壮士(ちぬおとこ)だった。…

【生田川説話】より

…観阿弥の《求塚》は,菟原処女が2人の男を死なせた科(とが)により地獄におちたという設定のもとに,古来の説話を再構成した傑作で,前場に歌枕の生田の小野,生田の森を点出し,後場では地獄の責め苦を克明に描く。近代では,森鷗外の《生田川》(1910)も,これを題材としている。【宮田 和美】。…

※「生田川」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android