田安宗武(読み)タヤスムネタケ

デジタル大辞泉 「田安宗武」の意味・読み・例文・類語

たやす‐むねたけ【田安宗武】

[1715~1771]江戸中期の国学者・歌人。徳川吉宗の子。田安家を興す。荷田在満かだのありまろ賀茂真淵かものまぶちを召し抱えて国学を学ぶ。万葉調の歌人としても有名。著「歌体約言」「天降言あもりごと」など。徳川宗武
土岐善麿による、の評伝。昭和17年(1942)から昭和21年(1946)にかけ、全4冊を刊行。昭和22年(1947)、第37回の帝国学士院賞(現日本学士院賞)を受賞。

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精選版 日本国語大辞典 「田安宗武」の意味・読み・例文・類語

たやす‐むねたけ【田安宗武】

  1. 江戸中期の歌人、有職家。徳川八代将軍吉宗の二男。幼名小次郎。邸を江戸城田安門内に賜わって御三卿の一つである田安家をたてる。古典研究に力を注いで、国学を荷田在満(かだのありまろ)賀茂真淵に学ぶ。また、音楽書を集め、舞楽再興、有職故実の研究につとめた。家集天降言」、著書「国歌八論余言」「歌体約言」「楽曲考」「服飾漫語」「服飾管見」「采雅」などがある。松平定信実父。正徳五~明和八年(一七一五‐七一

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「田安宗武」の意味・わかりやすい解説

田安宗武
たやすむねたけ
(1715―1771)

8代将軍徳川吉宗(よしむね)二男。幼名小次郎(こじろう)。御三卿(ごさんきょう)田安家の祖、国学者、歌人。1729年(享保14)元服、従三位(じゅさんみ)左中将兼右衛門督(うえもんのかみ)に叙任、徳川氏を称し、68年(明和5)権中納言(ごんちゅうなごん)に累進した。幼少より学問を好み、荷田在満(かだありまろ)を召し抱え、ついで彼の推薦によって賀茂真淵(かもまぶち)を家臣とし、古典研究を深めて三者互いに影響を与え合った。後の国学者に与えた影響も大きい。歌集『天降言(あもりごと)』のほか、在満・真淵との歌論について議論のすえまとめた『歌体約言(かたいやくげん)』、古典の評論・注解である『伊勢物語註(ちゅう)』『小倉百首童蒙訓(おぐらひゃくしゅどうもうくん)』『古事記詳説』などを著し、また服飾、音楽、植物などの研究も行った。

[上野秀治]

『土岐善麿著『田安宗武』全4巻(1942~46・日本評論社)』

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朝日日本歴史人物事典 「田安宗武」の解説

田安宗武

没年:明和8.6.4(1771.7.15)
生年:正徳5.11.27(1715.12.22)
江戸中期の歌人,国学者。田安徳川家の祖。徳川吉宗の次男として江戸赤坂紀州藩邸に出生。なお生年月日を12月27日とする説もあるが,公式記録(家譜など)では11月である。幼名小次郎。従三位左近衛権中将兼右衛門督,参議を経て権中納言。幼時より英才ぶりを発揮した。兄家重が健康に恵まれず将軍職を継ぐべき資格に疑問を持たれる一方,宗武は大いに期待されもしたが,吉宗は家重に継がせ,宗武には江戸城内に田安家を創設させた(1731)。かくて宗武は自由な境遇を楽しみつつ,生来の好学を見事に発展させた。文武両道に通じたが,なかでも国学,和歌,有職故実を好んだ。和学御用に荷田在満を召し,古典研究の指導を仰ぐ一方,有名な『国歌八論』論争を繰り広げた。在満のあとを受けて出仕した賀茂真淵の影響を強く受け,万葉調の大らかで力強い歌風を樹立し,『国歌八論』論議をさらに深めた。しかし,父の吉宗が冷泉家の歌学を重視したこともあって,堂上風の歌風が色濃く残っているのも事実で,真淵の方面からばかり宗武の和歌を論じるのは不十分というべきであろう。家集『天降言』『悠然院様御詠草』,歌論『歌体約言』,有職故実書『玉函叢説』その他著述は多い。寛政改革の主唱者松平定信の父。<参考文献>土岐善麿『田安宗武』全4巻

(久保田啓一)

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百科事典マイペディア 「田安宗武」の意味・わかりやすい解説

田安宗武【たやすむねたけ】

江戸中期の国学者,歌人。8代将軍徳川吉宗の次男。御三卿の一つ田安家の祖。古学,和歌にすぐれた万葉調歌人。荷田在満(かだのありまろ)に国学を学び,賀茂真淵を侍臣とした。歌集《天降言(あもりごと)》など。子に松平定信がいる。
→関連項目観世元章万葉調

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改訂新版 世界大百科事典 「田安宗武」の意味・わかりやすい解説

田安宗武 (たやすむねたけ)
生没年:1715-71(正徳5-明和8)

江戸中期の歌人。幼名小次郎。諡(おくりな)は悠然。8代将軍徳川吉宗の次男であり,田安家を創立。荷田在満(かだのありまろ)を国学の師としたが,在満に執筆させた歌論《国歌八論》を,《国歌八論余言》を書いて批評した。なお,賀茂真淵の意見を求め,真淵は《国歌八論余言拾遺》を提出した。やがて真淵を和学御用として任用した。宗武の特色は,万葉調による清新にして自在な歌境をひらいたところにある。歌集《天降言(あもりごと)》がある。
執筆者:

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「田安宗武」の解説

田安宗武 たやす-むねたけ

1715-1771 江戸時代中期の国学者,歌人。
正徳(しょうとく)5年11月27日生まれ。徳川吉宗(よしむね)の次男。享保(きょうほう)16年三卿(さんきょう)の田安家初代となる。荷田在満(かだの-ありまろ),賀茂真淵(かもの-まぶち)にまなぶ。寛保(かんぽう)2年在満が献じた歌論書「国歌八論」をめぐる在満と真淵の論争では,真淵が尊重する「万葉集」の歌風を重視した。明和8年6月4日死去。57歳。著作に「国歌八論余言」「歌体約言」,歌集に「天降言(あもりごと)」など。
【格言など】真帆ひきてよせ来る舟に月照れり楽しくぞあらむその舟人は(「天降言」)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「田安宗武」の意味・わかりやすい解説

田安宗武
たやすむねたけ

[生]正徳5(1715).12.27. 江戸
[没]明和8(1771).6.4. 江戸
江戸時代中期~後期の国学者,歌人。8代将軍徳川吉宗の次男。享保 16 (1731) 年田安家を興した。初め荷田在満に学んだが,意見が対立し,のち賀茂真淵の指導を受けた。歌人としては,初め新古今風であったが,真淵の影響で万葉風に染まり,実情実感に基づいたすぐれた和歌を多く残した。国学者としての著書は少いが,安永6 (77) 年に編纂された遺稿集『玉函叢説』には,表音式の見解がみえ,のちの上田秋成に大きな影響を与えた。歌集『天降言 (あもりごと) 』 (71以後成立) 。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「田安宗武」の解説

田安宗武
たやすむねたけ

1715.11.27~71.6.4

御三卿田安家の初代当主。国学者・歌人。将軍徳川吉宗の次男。松平定信の父。1729年(享保14)元服し従三位左近衛権中将。31年田安門内の屋敷に移る。46年(延享3)采邑(さいゆう)10万石を与えられ,のち権中納言となった。荷田在満(かだのありまろ)・賀茂真淵に国学・和歌を学び,「国歌八論」論争を展開して近世歌壇に大きな影響を与えた。「古事記」などの古典注釈書や,「楽曲考」「服飾管見」などの故実書も著した。

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旺文社日本史事典 三訂版 「田安宗武」の解説

田安宗武
たやすむねたけ

1715〜71
江戸中期の歌人・国学者。御三卿の一つ田安家の祖
8代将軍徳川吉宗の2男。松平定信の父。荷田在満 (かだのありまろ) ・賀茂真淵 (まぶち) に師事し,国学者・万葉調の歌人として有名。家集に『天降言 (あもりごと) 』。

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367日誕生日大事典 「田安宗武」の解説

田安宗武 (たやすむねたけ)

生年月日:1715年11月27日
江戸時代中期の田安家の初代当主
1771年没

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世界大百科事典(旧版)内の田安宗武の言及

【賀茂真淵】より

…真淵は江戸に到着して間もなく百人一首評会を催し,翌38年8月より万葉会,40年(元文5)に《源氏物語》の講義をはじめる。42年9月田安宗武の求めにより,《古今集左注論》を草し,11月に《国歌八論余言拾遺》を書いた。46年より田安家に和学御用として出仕,古代に関心のふかい宗武に仕えたことから,真淵の古代学は急速に成長した。…

【国歌八論】より

荷田在満(かだのありまろ)著。1742年(寛保2)に田安宗武の要請により書かれたもので,在満の和歌観が率直にのべられている。内容は,歌源論,翫歌論,択詞論,避詞論,正過論,官家論,古学論,準則論の八つの論から成る。…

※「田安宗武」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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