コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

観世元章 かんぜ もとあきら

9件 の用語解説(観世元章の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

観世元章

徳川中期の能楽師。観世流宗家15世。宗家14世織部清親の子。初名清温、通称は三十郎・左近。国学を好んで、考証を好み、田安宗武加藤枝直賀茂真淵の助力を得て、『明和改正謡本』を刊行したが、一代で廃された。安永3年(1774)歿、53才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

かんぜ‐もとあきら〔クワンゼ‐〕【観世元章】

[1722~1774]江戸中期の能役者シテ方観世流15世宗家。左近と称す。田安宗武賀茂真淵らの協力を得て、謡曲の詞章を大改訂した「明和改正謡本」を刊行。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

観世元章【かんぜもとあきら】

江戸中期の能役者。観世流15世宗家。謡曲の詞章と演出を改革し,能楽合理化を断行して〈明和の改正〉といわれたが,急激に過ぎたため一代で終わった。田安宗武賀茂真淵らがこれに協力した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

観世元章 かんぜ-もとあきら

1722-1774 江戸時代中期の能役者シテ方。
享保(きょうほう)7年生まれ。観世清親(きよちか)の長男。延享4年宗家15代をつぎ,左近を襲名。田安宗武(むねたけ)や賀茂真淵(かもの-まぶち)らの助力をえて謡本を改訂し「明和改正謡本」を刊行。この改訂は不評で元章没後に廃されたが,創始した演出や秘伝は基本的に継承されている。安永3年1月18日死去。53歳。江戸出身。通称は三十郎。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

観世元章

没年:安永3.1.18(1774.2.28)
生年:享保7(1722)
江戸前・中期の能役者。15代観世大夫。14代清親の嫡男。延享4(1747)年に家督を継ぎ,父同様将軍家の能指南役を勤める。寛延3(1750)年に江戸で15日間にわたる未曾有の大勧進能を興行し,自ら43番を舞う。宝暦2(1752)年には弟織部清尚の分家(観世銕之丞家)樹立も認められ,流勢は頂点に達する。その一方で元章はいわゆる『明和改正謡本』の刊行に力を注ぎ,賀茂真淵,田安宗武らの協力の下で,復曲,新作を含めた210番の曲目選定ならびに詞章の大幅な改定を行ったが,国学の影響を受けた復古的色彩の強い詞章はすこぶる不評で,彼の没後直ちに廃止される。また新演出の採用にも意欲的で,「小書」と呼ばれる特殊演出を数多く編み出した。これらの小書の多くは現在も踏襲されており,演出面での改革は大きな成果を上げた。行き過ぎた点はあったにせよ,観世座中興の祖として傑出した大夫であった。<参考文献>表章「観世“左近”大夫考」(『観世』1990年9月号)

(石井倫子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

かんぜもとあきら【観世元章】

1722‐74(享保7‐安永3)
第15代観世大夫。14代清親の嫡男。三十郎,左近と称す。1732年(享保17)江戸城初舞台,47年(延享4)家督相続。父祖の代より着々と力を蓄積してきた観世座は,元章の代に父の後をうけて将軍家重・家治二代の能指南役となり,一方,前代以来の京都への進出をほぼ完了するに及んで,流勢が頂点に達した。50年(寛延3)江戸筋違橋における晴天15日間の大勧進能の興行,52年(宝暦2)弟の織部清尚の別家観世銕之丞(てつのじよう)家樹立なども,そうした流勢の反映であった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

かんぜもとあきら【観世元章】

1722~1774) 江戸中期の能役者。シテ方観世流第一五世宗家。田安宗武の後援で、賀茂真淵らの協力により「明和の改正」といわれる詞章の大改訂を行い、「阿古屋松」などを復活した。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

観世元章
かんぜもとあきら

[生]享保7(1722)
[没]安永3(1774).1.18.
能楽師。観世流 14世宗家清親の長男。延享4 (1747) 年 15世宗家となる。国学と故実考証に熱心で,合理的な演出を行うために詞章,所作,作り物,扮装などの大改革を行い,明和2 (65) 年『明和改正謡本』を刊行。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

観世元章
かんぜもとあきら
(1722―1774)

江戸後期の能役者。シテ方。観世流15世宗家。幼名三十郎。1747年(延享4)宗家を継ぎ左近(さこん)と改名。謡曲詞章の改訂から演出の細部に及ぶ能楽合理化を断行した。田安宗武(たやすむねたけ)が後援し、賀茂真淵(かもまぶち)ら国学者の助力もあって、『明和(めいわ)改正謡本』を刊行した。従来のテキストの無効を宣したほどの大改革も急激にすぎたため、没後は将軍の命令により旧に復した。『阿古屋松(あこやのまつ)』『松浦鏡(まつらかがみ)』などの復曲や『梅』など新作にも意欲をみせた。また、50年(寛延3)江戸筋違(すじかい)橋で前例のない晴天15日間の勧進能をも演じている。[増田正造]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

観世元章の関連キーワード観世黒雪観世宗節観世大夫観世銕之丞観世元重観世清尚観世銕之丞(2代)観世銕之丞(3代)観世銕之丞(4代)観世豊次

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone