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郷勇 きょうゆうxiang-yong; hsiang-yung

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

郷勇
きょうゆう
xiang-yong; hsiang-yung

中国,末に地方的勢力をもつ官憲や郷紳などが組織した民間の自衛的軍隊。自衛のための民兵組織は清以前からあり,王朝末期の諸反乱続発に対処する正規軍の不足や弱体化を補うために組織された。清では 18世紀末に起った白蓮教徒の乱 (→白蓮教 ) を鎮圧するために積極的に組織して以来活用されるようになった。特に太平天国の乱には曾国藩湘勇李鴻章淮勇左宗棠 (さそうとう) の楚勇などが強力となり,指導者は中央の要職を占めた。

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デジタル大辞泉の解説

きょう‐ゆう〔キヤウ‐〕【郷勇】

中国末に、正規軍の不足を補うために設けられた地方義勇軍。地方の治安維持や、太平天国の乱などの鎮圧に活躍。のちには地方軍閥の武力的基盤を形成するようになった。

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百科事典マイペディアの解説

郷勇【きょうゆう】

中国,清末の民乱続発時に,八旗緑営の弱体化や不足を補うため,地方官や郷紳に命じて地方で募集編成させた臨時の軍隊。白蓮教の乱(1796年―1805年)の時に効果をあげ,以後しばしば採用。
→関連項目哥老会

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世界大百科事典 第2版の解説

きょうゆう【郷勇 Xiāng yŏng】

中国,清代に兵乱の際,臨時に徴募された非正規の地方軍隊である。郷兵,練勇ともいう。郷はその局地的性格,勇は義勇兵を意味するが,実態は一種の傭兵であって郷村自衛の団練と区別される。清朝中期,正規軍である八旗,緑営の戦力の低下にともない,補助的に郷勇を使用する事例が現れ,白蓮教の乱(1796‐1805)にいたっては,独立した戦力として大きな役割をはたすようになった。太平天国革命(1851‐64)がおこり,八旗,緑営の腐敗,無能が明らかになると,郷勇が清朝軍事力の主力となり,作戦範囲も以前のように省境内に限定されなくなった。

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大辞林 第三版の解説

きょうゆう【郷勇】

中国、清代末に地方官僚や郷紳が集めた臨時の軍隊。白蓮びやくれん教徒の乱に活用され、太平天国鎮圧の主力となった。曽国藩の湘勇や李鴻章の淮勇が著名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

郷勇
きょうゆう

中国、清(しん)代の義勇兵。清の正規軍は八旗(はっき)と緑営であったが、18世紀後半、台湾で起こった林爽文(りんそうぶん)の反乱鎮圧に際し、臨時に義勇兵が組織されたのを最初として18世紀末の嘉慶白蓮(かけいびゃくれん)教反乱、ついで太平天国運動に際し、無力を暴露した正規軍を補うために、各地方で義勇兵を組織することが承認され、奨励された。これを郷勇といい、地方官が主体となって組織するものと、地方有力者=郷紳(きょうしん)が主体となって支配下の農民や遊民を組織するものとがあった。いずれも民衆反乱に対抗して支配秩序を守ることを任務とした。後者は郷土自衛のために費用を自弁して組織された団練(だんれん)を基礎としたが、しだいに官費で賄われる大規模な義勇兵となり、故郷以外にも進出して戦闘に従事するようになった。江忠源(こうちゅうげん)、曽国藩(そうこくはん)、李鴻章(りこうしょう)らが、それぞれ太平天国鎮圧のため故郷で組織した楚勇(そゆう)、湘勇(しょうゆう)、淮勇(わいゆう)はとくに有名で、淮勇は淮軍として清朝軍事力の中核となった。[小島晋治]

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