(読み)はい

精選版 日本国語大辞典 「胚」の意味・読み・例文・類語

はい【胚】

〘名〙 受精後の卵細胞発生初期の個体。
(イ) 多細胞動物の発生初期に見られる卵割を始めた後の発生しつつある個体。発生段階に応じて桑実胚、胞胚、原腸胚神経胚などと呼ぶ。〔生物学語彙(1884)〕
(ロ) 植物では受精卵がある程度発達した胞子体。胚子。〔植学訳筌(1874)〕

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デジタル大辞泉 「胚」の意味・読み・例文・類語

はい【×胚】

多細胞生物の発生初期の個体。植物では受精卵がある程度発達した胞子体をいう。種子植物では種子中にある発芽前の植物体で、胚芽ともいい、胚乳から養分を吸収する。動物では卵黄から養分を吸収している状態のもので、発生段階により桑実胚・胞胚・嚢胚のうはい・神経胚などに分けられる。
[類語]細胞細胞膜細胞壁細胞質原形質単細胞核酸リボ核酸デオキシリボ核酸遺伝子染色体性染色体ミトコンドリア組織胚珠胚乳胚芽

はい【胚】[漢字項目]

[音]ハイ(漢)
身ごもる。はらむ。「胚胎
卵や種子の中の発生初期の生物体。「胚芽胚乳胚葉胞胚

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「胚」の意味・わかりやすい解説


はい

多細胞生物の個体発生初期の段階をさすが、卵割期以後の発生期個体を意味する場合や、胚葉分化以降を意味する場合などまちまちな使われ方をしている。

[嶋田 拓]

動物における胚

無脊椎(むせきつい)動物では桑実胚、胞胚、原腸胚を早期胚、それ以降の発生段階を初期胚とよぶ。脊椎動物では神経管の形成時期があり、この時期をとくに神経胚という。胚期の長さは動物種により多様である。発生が進んで外界から食餌(しょくじ)をとり始めるまでが胚期とよばれる。胎生動物では胚期の個体を胎児という。卵割期の細胞は未分化であり、胚葉の形成とともに分化の傾向が生ずるが、胚期の細胞は分化の程度が低い。卵割期の胚細胞の特徴は、それが未分化であることのほか、細胞周期が短いことで、この時期の胚は急速に細胞分裂を繰り返して細胞数を増やしていく。ショウジョウバエでは、卵割期の細胞は成体細胞の100倍以上の速度で増殖することが知られている。卵割期には細胞分裂後のような細胞成長期を欠くので、細胞は分裂ごとに小さくなる。卵割期における細胞増殖速度は、非胎生動物ではとくに大きく、外敵に弱い時期をなるべく短縮するという目的に合致している。卵割が進むと各割球細胞間のすきまはしだいに大きくなって卵割腔(こう)となる。この卵割腔を細胞が一重に囲んだ構造となったものが胞胚である。続いて細胞の一部は卵割腔内へ向かって陥入を始める。この造形運動の結果、嚢胚(のうはい)(原腸胞)となるが、陥入した細胞の形成する一重の嚢を原腸、陥入口を原口とよぶ。この造形運動は原腸の形成のほかもう一つ重要な意味をもつ。胞胚期には遠く離れていた細胞どうしが陥入の結果互いに接し合い、細胞間で相互に影響しあえるようになることである。また、原腸形成によって胚に背腹軸および頭尾軸という新しい胚軸が生ずるとともに、細胞も二層となり、胚葉の区別が生ずる。外層を外胚葉、内層背部を中胚葉、内層側部と腹部を内胚葉とよぶ。嚢胚期を過ぎると、中胚葉から脊索中胚葉が分離して脊索となる。脊索中胚葉で裏打ちされた外胚葉は厚みを増して神経板となり、やがて神経管を形成する。この現象を脊索中胚葉による神経組織の誘導といい、脊索中胚葉細胞がそれに接する外胚葉細胞に影響を与えて神経組織へ分化させたのである。誘導現象は胚期の個体発生で各所におこり、形態形成にきわめて重要な働きをしている。しかし誘導現象の分子レベルの解明はいまだなされていない。

[嶋田 拓]

植物における胚

植物では、配偶体の中にある卵細胞が受精すると発達を始めて胞子体となるが、まだ幼い胞子体で、配偶体や内胚乳の中に埋まって、周囲から栄養を供給されている段階にあるものを胚(または胚芽)という。胚があるのはコケ植物シダ植物、裸子植物、被子植物である。

(1)コケ植物 コケ植物の胚は配偶体の造卵器の中で発達し、足(あし)footと柄と蒴(さく)の原基とに分化する。足は造卵器の底面に張り付いて、配偶体から栄養を吸収する。胚が成長すると柄が伸び、蒴は造卵器の口から外に出る。

(2)シダ植物 シダ植物の胚においても、造卵器の底の近くに足が分化する。また、造卵器の口の方向には胚柄(はいへい)suspensorができることがある。胚柄とは、胚の一部ではあるが、将来の胞子体の形成には参加しない部分のことである。シダ植物の場合、胞子体の軸は造卵器と直角の方向にできることが多い。軸の一方には主根(幼根)、反対側には茎頂と葉原基が分化し、いずれも配偶体(前葉体)の組織を溶かしながら成長し、やがて外へ伸び出す。

(3)裸子植物 裸子植物では、受精卵がまず自由核分裂をし、次に胚柄ができて、雌性配偶体の組織を溶かしながら、曲がりくねって伸び続ける。胚柄は多数の枝分れをするが、やがてそれぞれの枝の先に分裂組織ができ、これが胞子体の幼植物の形をつくる。したがって、1個の受精卵から多数の幼植物ができることになるが、普通は、もっとも早く発達した一つだけが最後まで残り、ほかのものはこれによって吸収される。このような幼植物の体をつくる部分だけを「胚」とよぶことがある。これと区別するため、胚柄が伸びている段階のものは前胚(または初期胚proembryo)とよばれる。幼植物となる部分は、胚柄寄りの位置に主根(幼根)、続いて胚軸、先端部に茎頂と子葉原基とを分化させる。

(4)被子植物 被子植物では、重複受精のあと、まず内胚乳が発達し、やや遅れて受精卵が細胞分裂を始め、内胚乳の中に向かって成長、発達する。珠孔寄りの部分は胚柄となることが多いが、裸子植物と比べるとはるかに小さい。内胚乳の中に入った部分はまず球形の組織塊となり、これからただちに1個の幼植物の形をつくり始める。珠孔や胚柄に近い部分に主根(幼根)の原基が分化し、続く位置に胚軸、先端部に茎頂と子葉の原基ができる。この子葉の数によって、双子葉植物単子葉植物が区別できるようになる。イネ科の胚には胚盤、子葉鞘(しょう)などの特殊な器官があり、さまざまな解釈が行われている。もっとも普通なのは、胚盤は子葉の葉身が変化したもので、子葉鞘は子葉の葉鞘部分が独立したものとする考えである。種子内での胚の発達の程度は種類によってさまざまである。

[山下貴司]


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改訂新版 世界大百科事典 「胚」の意味・わかりやすい解説

胚 (はい)
embryo

多細胞生物の個体発生過程における早期の諸段階。

動物の場合,一般的には卵割の初めより,摂食可能な幼生または幼体の直前までをさす。体を構成するすべての細胞の母細胞である受精卵の発生的全能性は,胚の期間を通じてしだいに狭められるため,幼体や幼生の体は,きわめて限られた機能に特殊化した多種の細胞によって構成されることになる。以下に,発生の各段階における胚細胞の,発生能の変化をみてみよう。

 ヒトデのような調節能のきわめて高い卵(調節能については〈モザイク卵〉の項目を参照)でみると,卵割期の細胞はまだ受精卵の全能性をそのまま引きついでいる。このことは,2,4,8,16細胞期の胚からそれぞれ1個の細胞を取り出して個別に発生させると,取り出された細胞の大きさに応じて,小さいながら正常な形の幼生に発生することから明らかである(図1)。同じような現象はまたヒモムシ,ウニ,イモリなどでも知られており,哺乳類に至っては,形だけでなく大きさの調節も行われるようになる。ヒトにおいても,2細胞期の二つの細胞が個々に発生した結果である一卵性双生児が,ふつうの新生児と同じ大きさで生まれてこられるのはそのためである。

 桑実期以後の細胞は,もはや単独で幼生を生ずる能力(発生的全能性)はもたないが,しばらくはまだ十分に多能であり続ける。このことは,ヒトデの胞胚や囊胚を細いガラス針でいくつかの断片に切り分けてやった場合にも,個々の断片から1匹ずつの幼生が生ずることに如実に示されている。

 桑実胚は多くの動物において,ふつう30個から100個程度の細胞から成り,受精膜を除かれた状態でも一団の細胞塊として行動する。ところがこのような〈裸〉の桑実胚どうしを単純に接触させて発生させると,2個体がさまざまな程度に融合した重複幼生となる(図2)。ヒトの場合,シャム双生児とよばれる現象がこれに相当する。つまりこの時期の胚には多細胞個体としての外郭がまだ成立しておらず,桑実胚は多能な細胞の集合体にすぎないことがこの実験からわかる。細胞が上皮構造を作り上げ,胚が多細胞個体として確立する胞胚期まで,あらゆる動物の胚がなんらかの保護膜におおわれているのは,それ以前の時期の胚および細胞には,個体としての一定の大きさを保持する能力が欠けているからである。

 さて,遊泳期のウニやヒトデの胚は,しかるべき方法によって個々の細胞にまで解離してしまうことができるが,この細胞を海水中に浮遊させておくと再び互いに集合して,さまざまな大きさの細胞集塊をつくる。このような細胞塊はその後いくつかの特徴ある段階をへて,やがてそれぞれの種に特有な幼生へと発生する。このことは,遊泳期の胚を構成する細胞が,すべての位置情報を奪われてもなお,協同して本来の形をつくり上げる能力を維持していることを示している。しかしこの能力も,消化管や筋肉,繊毛環など,さまざまな機能に分化した幼生の構成細胞には,もはや見られなくなる。
発生
執筆者:

被子植物では,胚囊のなかで受精した卵細胞(接合子)の第1分裂は,胚囊の軸に直角におこって2細胞になり,上の細胞からはやがて植物体の主要な部分が,下の細胞からは水などを吸収する部分が形成される。この段階を前胚という。以後,胚発生が順次進行して,胚軸,幼根,2枚の子葉,茎頂および根端分裂組織などがつくられ,この段階において生長,分化はいったん休止する。胚の成熟に伴って胚の周囲には胚乳と種皮が形成され,種子が完成する。成熟胚は動物の後期胚と同様,成体の基本的な体制をもつ。しかし,植物胚では苗条が,無限生長能力をもった分裂組織からつくられることが特徴としてあげられ,この点は動物胚において,主要な器官が少なくとも原基の状態で存在することとは対照的である。裸子植物の胚発生は,とくに初期胚の分裂パターンにおいて被子植物とはひじょうに異なる。また,下等維管束植物では驚くほど多様なタイプの胚発生がみられる。このように,維管束植物の胚発生はきわめて多様であるが,基本的なパターンには類似性のあることが示唆されている。顕著なちがいとしては,組織・器官形成に先立つ初期の分裂パターン,胚の生存に関係する副次的構造,胚の組織・器官間での生長速度の差があげられる。これらは一方では分類学や系統学における重要な形質とされている。
執筆者:


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百科事典マイペディア 「胚」の意味・わかりやすい解説

胚【はい】

多細胞生物の発生初期の段階にあるもの。動物では卵割から,摂食可能な幼生または幼体までの期間のもの。哺乳(ほにゅう)類では胎児ともいう。植物では受精卵がある程度発達した幼植物体をいい,種子植物では種子中にあって発芽後植物体を形成する部分。→桑実胚嚢胚胞胚
→関連項目孵化

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「胚」の意味・わかりやすい解説


はい
embryo

胚子ともいう。多細胞生物の発生の初期のまだ独立生活のできない個体をいう。動物では卵割を始めて以降の発生期にある個体をさす。胎生ではやや発生の進んだものを胎児と呼ぶが,胚との区別点は便宜的なものである。動物の種類により胚の時期の長短,変化などさまざまであるが,発生段階によって桑実胚,胞胚,原腸胚,神経胚と区別されている。植物では受精卵から発達した胞子体をいう。種子植物では種子中にあり,発芽前の植物体を胚といい,胚柄により胚嚢に付着し,前端の原胚から分化した子葉,幼茎,幼根,胚軸から構成される。

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栄養・生化学辞典 「胚」の解説

 胚子ともいう.多細胞生物の発生初期の個体.

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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【種子】より

…二つの精核は花粉管とともに胚囊の中へ入る。そのうち一つの精核は卵細胞と接合し,embryoとなる。他の精核は二つの極核と受精し,染色体数が3倍(3n)の胚乳(内胚乳)endospermとなり,栄養分をたくわえる。…

【胎児】より

…精子と卵子の癒合によってできた受精卵は子宮内膜に着床して発育を続け,一個の個体となる。ヒトの場合は受精後8週までは,各胚葉からいろいろの器官の分化が終わるまでの期間なので,これまでを胎芽embryoといい,これ以後を胎児という。胎児は羊水中に浮いており,臍帯(さいたい)で胎盤とつながっている。…

【コケ植物(苔植物)】より

…精子は先端に2本の鞭毛(べんもう)をもち,水中を泳いで造卵器に至り,そのくびの中を通って卵細胞に達する。受精卵は造卵器の中で分裂して胞子体の幼植物(胚)が形成されるが,その後も胞子体は配偶体に寄生し続ける。完成した胞子体は1本の軸からなり,先端に1個の胞子囊(ほうしのう)をつける(コケの胞子囊を蒴(さく)capsuleという)。…

【種子】より

…人類の主食がコメやムギであることからも明らかなように,植物の種子は古来より動物や人間の生活に欠くことのできないものであった。穀類のほか,クルミやマメ類も食物とされ,ナタネ,ゴマからは油をとり,コーヒー,カカオ,コプラ(ココヤシの胚乳)も種子が原料だし,杏仁(きようにん)(アンズ),蓮子(れんし)(ハス)のように薬としても使われるものもある。ワタの種子の毛からは綿がとられ,また首飾や数珠などの細工物にされる種子もある。…

※「胚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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