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矢次一夫 やつぎかずお

百科事典マイペディアの解説

矢次一夫【やつぎかずお】

浪人政治家佐賀県生れ。少年時代から人夫・沖仲士など放浪生活を経験したのち上京。1921年協調会に入り,1925年労働事情調査所を創立して《労働週報》を発行,野田醤油,共同印刷,日本楽器など大争議の調停にあたる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

矢次一夫 やつぎ-かずお

1899-1983 大正-昭和時代の政治家。
明治32年7月5日生まれ。大正14年労働事情調査所を設立し,労働争議を調停。昭和12年国策研究会事務局長となり,国の重要政策にかかわる。戦後は公職追放解除後の28年国策研究会を再建。岸信介らに協力し,韓国,台湾との交流につくした。昭和58年3月22日死去。83歳。佐賀県出身。著作に「昭和動乱私史」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

やつぎかずお【矢次一夫】

1899‐1983(明治32‐昭和58)
浪人政治家。佐賀県に生まれる。16歳で家を出て,人夫・沖仲仕など放浪生活を経験したのち20歳で上京,一時は北一輝食客となる。1921年(大正10)協調会に入り,25年労働事情調査所を創立して〈《労働週報》〉を発刊,野田醬油争議共同印刷争議日本楽器争議などの大争議の調停にあたる。しだいに無産運動家から軍人に至る幅広い人脈をつかみ,33年(昭和8)には,統制派の幕僚池田純久少佐と結んで国策の立案に着手,官僚,学者,社会運動家,政治家などを集めて国策研究会をつくり,37年には改組して組織の拡大を図った。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

矢次一夫
やつぎかずお
(1899―1983)

大正・昭和期の黒幕的政治家。佐賀県生まれ。15歳で家出、人夫、沖仲仕などをして渡り歩き、20歳のとき上京。1921年(大正10)田澤義鋪(よしはる)の勧めで協調会に入り、1924年には退社、独立して労働事情調査所を設立。この間、野田醤油(しょうゆ)、共同印刷、日本楽器など大争議の調停にあたった。1934年(昭和9)には陸軍統制派の動きに呼応して国策研究同志会を組織。二・二六事件(1936)後解散するが、1937年国策研究会を再組織し、戦時国策立案に従事。企画院委員、大政翼賛会参与、翼賛政治会理事などを歴任、戦時内閣の組閣や倒閣にも関与した。第二次世界大戦後は公職追放解除後の1953年(昭和28)国策研究会を再建、韓国・台湾の政財界とのパイプ役を務めた。[北河賢三]
『矢次一夫著『この人々』(1958・光書房) ▽矢次一夫著『昭和動乱私史』全3巻(1971~1973・経済往来社) ▽矢次一夫著『天皇・嵐の中の五十年――矢次一夫対談集1』(1981・原書房) ▽矢次一夫著『昭和政界秘話――矢次一夫対談集2』(1981・原書房) ▽中村隆英他編『現代史を創る人びと4』(1972・毎日新聞社)』

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世界大百科事典内の矢次一夫の言及

【国策研究会】より

…昭和研究会とならぶ民間の国策研究機関。中心人物は矢次一夫。1933年陸軍省から国策立案を依頼されたのを機に,総合的な政策研究組織の必要を感じた矢次が大蔵公望などとはかって34年国策研究会を設立。…

※「矢次一夫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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