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矢立杉 やたてすぎ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

矢立杉
やたてすぎ

伝説の一つ。大木の中から出てきた矢の根や (やじり) の由来を説くもの。この伝説の分布は東日本に多く,木は神社の神木という場合が多い。たいていは,坂上田村麻呂源為朝など,すぐれた弓矢武人エピソードを伴っている。しかし,古くは弓矢を用いた信仰行事から出たものといわれる。この行事には定期,不定期の2種があり,前者は正月の弓祈祷,歩射 (ぶしゃ) など,その年の作柄を占ったりする年占的性格の強いもので,後者は臨時に土地を画する必要が生じたときなど,神に祈祷して矢を放ち,落ちた場所に境を定める習俗などである。いずれの場合も,結果を神意にゆだねる習俗の名残りといえる。

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百科事典マイペディアの解説

矢立杉【やたてすぎ】

幹から鏃(やじり)が出る杉またはそういう伝説。矢立松もある。源為朝や頼朝,坂上田村麻呂など有名な武将が出陣などの際射こめたという伝説をもつが,村境に多いことから境界を示す鏃とか,神事の歩射のなごりではないかと推定されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

矢立杉
やたてすぎ

武将がその杉に矢を射立てたという伝説。山梨県の笹子(ささご)峠にある矢立杉は周囲七抱え半もあって、この道を軍勢が通るときにはかならず矢を射立てて、山の神に手向ける習わしであったという。岩手県遠野(とおの)市にある矢立松は、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)将軍が矢を射立てたという。その木を伐採した際には80本ほどの鏃(やじり)が出たという。宮城県名取市の矢立杉は、藤原秀衡(ひでひら)が上洛(じょうらく)のためにこの地を通った際、路傍の古杉を射て、出立を祝ったという。周囲一丈二尺(約3.6メートル)もあるこの木を、のちに村人が船材にするために切ると、たくさんの鏃が出た。それでつくった船は怪音を発して壊れてしまい、人々を驚かせたという。船が怪音を発して壊れたということは、この木が神木として崇(あが)められていた証拠である。同じような例は奈良県吉野郡下北山村の矢立杉についてもいえる。大坂城の天守閣建築の際、この木を御用木として切るように命令があった。切ろうとすると斧(おの)の刃がつぶれてはかどらず、そのうえ切り屑(くず)は一夜のうちに元どおりになったという。神木であることの示現である。こうした神木に向けて、武運や前途の平穏を祈願するために矢を射立てて神に奉ったのが、そもそもの伝説のおこりと考えられる。のちにその意味が忘れられて、源頼朝(よりとも)が富士巻狩りのときに放った矢が立ったからとか、戦いのときに敵軍がここに攻め寄せ、その矢がたくさん当たったからというように、歴史的な事件や事実に結び付けて説明されるようになってきた。[野村純一]

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世界大百科事典内の矢立杉の言及

【スギ(杉)】より

…杉の枝は安産のお守や魔よけともされ,流行病や百日咳のときには〈過ぎ〉や〈過ぎてよし〉の語呂合せから杉とヨシを戸口につるしたり,家族分の餅を杉の葉につけて垣根にさし,後ろを見ずに帰る風習もある。また杉にははし(箸)やつえが成長したというはし杉やつえ杉の伝説のほか,峠などには弓を射て境を画定した跡とされる矢立杉の伝説もある。このほか,三十三回忌がすむと弔い上げに杉葉のついた生木の塔婆を墓にたて,死者が神になった印とする。…

※「矢立杉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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