情報処理の一分野で、知識を利用するコンピュータシステムに関する工学をいう。ファイゲンバウムEdward A. Feigenbaum(1936― )がアメリカのスタンフォード大学における「ヒューリスティック(発見的)プログラミング研究プロジェクト」(HPP)の成果に基づいて提唱した。
[米澤明憲・大澤一郎]
エキスパートシステム(専門家システム)は知識工学の典型的なシステムである。システムの内部に人間の専門家のもっている専門的知識がモデル化されて組み込まれており、システムはその知識を用いて、人間の専門家が行う専門的な推論を模擬(シミュレートsimulate)する。1960年代後期から1970年代前期に研究開発されたDENDRAL(デンドラル)、MACSYMA(マクシマ)、MYCIN(マイシン)などがその先駆的な代表例である。
DENDRALはスタンフォード大学においてファイゲンバウムらによって開発され、未知の有機化合物の質量スペクトル・データから質量スペクトル法に関する知識に基づいてその化合物の分子構造を推論するもの。MACSYMAはマサチューセッツ工科大学においてマーチンW. MartinやモーゼスJ. Mosesらによって開発され、微積分やテーラー級数展開などの高度な数式処理を数学的知識に基づいて高速に行うもの。MYCINはスタンフォード大学においてショートリフE. Shortliffeが研究開発したシステムで、医者に対して感染症の患者に対する抗生物質の投薬を助言するもの。1980年代に開発された有名なエキスパートシステムには、ユーザーのニーズに応じてコンピュータシステムの構成を考えるDEC(デック)社のXCON(エクスコン)や、電話ケーブルの保守管理を行うAT&T社のACE(エース)などがある。
[米澤明憲・大澤一郎]
知識工学において用いる知識は、コンピュータが利用可能な形式をしていなければならないので、人間のもっているさまざまな知識を、適切な知識表現モデルに基づいて形式化する必要がある。知識表現モデルに関する研究は、知識工学や人工知能および認知心理学などの研究分野において活発に行われており、代表的なモデルに「意味ネットワーク」「フレーム」「プロダクション・ルール」および「述語論理」などがある。
意味ネットワークは、人間の連想記憶の心理学モデルとして、キリアンMax R. Quillian、ノーマンDonald A. Norman、ルーメルハートDavid E. Rumelhart、アンダーソンJohn R. Andersonなどの人工知能研究者や心理学研究者たちによって1960年代後期から70年代前半にかけて提案された。この知識表現モデルでは、ネットワークのノード(節)で対象(物)を表し、ノード間を結ぶアーク(矢印)で対象間の関係を表す。知識工学で用いるフレームは人間の記憶構造や推論を理解するための基礎として1975年にミンスキーM. Minsky(1927―2016)によって提案されたもので、典型的な状況を表現するための「スロット」を基本にして構成され、その内容は必要に応じて現実の状況に適合するように修正される。プロダクション・ルールは「もしある条件が成り立てばある行動をする」という知識を表現するための枠組みで、条件を表す条件部と、行動を表す行動部から構成される。
[米澤明憲・大澤一郎]
プロダクション・ルールに基づいて動作するシステムは一般にプロダクションシステムとよばれ、その原型は1943年に数学者ポストE. Postによって提案された。プロダクションシステムは、プロダクション・ルールの集合を保持する「プロダクション・メモリー」、プロダクション・ルールによって参照あるいは更新される事実の集合を記憶する「ワーキング・メモリー」、およびシステムの実行を制御する「インタープリター」から構成される。一般にプロダクションシステムは、ワーキング・メモリー内に記憶されている事実が、あるプロダクション・ルールの条件部を満足すると、そのルールの行動部の指定に従ってワーキング・メモリーを書き換えるという動作をインタープリターの制御によって繰り返す。DENDRALやMYCINなどの多くのエキスパートシステムがプロダクションシステムをベースにして作成されている。
[米澤明憲・大澤一郎]
このように、知識工学の成果に基づいて知識を利用した強力な実用システムがいくつかの専門領域において開発されているが、一方では、実用になるシステムの開発がそれほど容易ではないことも認識されてきている。このことから、人間のもつ知識のあいまい性をモデル化する「ファジー理論」、知識の非単調性を表現する「非単調論理」、定性的に推論を行う「定性的推論」、および知識のモジュール性を利用して知識の適切な分散を行う「オブジェクト指向」などの新しい知識表現モデルの枠組みが研究されている。また、システムが必要とする知識を効率よく獲得する方法として、システム自体が自動的に知識を獲得あるいは合成する「学習」に関する研究も行われている。
[米澤明憲・大澤一郎]
『上野晴樹著『知識工学入門』(1989・オーム社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 ASCII.jpデジタル用語辞典ASCII.jpデジタル用語辞典について 情報
…これは,人工知能研究の中で開発された理論と技術の現実問題への適用を目指す点,対象領域の専門家の知識が問題解決に重要な役割を果たす点において,それ以外のコンピューターシステムと異なっている。エキスパートシステムに関する研究は,知識工学と呼ばれ,その特徴は〈知識は力である〉というスローガンに集約されている。 エキスパートシステムでは,従来ならプログラムに埋め込まれる問題解決に必要な専門知識をプログラムの外で明示的に記述する。…
※「知識工学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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