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福本日南 ふくもと にちなん

美術人名辞典の解説

福本日南

新聞記者・政治家・史論家。筑前生。本名は誠。司法省法学校中退。新聞「日本」の記者として活躍、のち「九州日報」の社長兼主筆となる。また衆議院議員となり、犬養毅を助けた。著書に『元禄快挙録』『豊太閤』等。大正10年(1921)歿、64才。

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デジタル大辞泉の解説

ふくもと‐にちなん【福本日南】

[1857~1921]新聞記者・史論家。福岡の生まれ。本名、誠。「九州日報」社長兼主筆、のち「新潟新聞」主筆。著「元禄快挙録」など。

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百科事典マイペディアの解説

福本日南【ふくもとにちなん】

明治の新聞記者。名は誠。福岡藩士出身。司法省法学校に学ぶが,1879年原敬陸羯南(くがかつなん)らとともに中退。自由民権を唱え,北海道開拓に従事。その後政教社同人となり1889年陸羯南の新聞《日本》の記者。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

福本日南 ふくもと-にちなん

1857-1921 明治-大正時代のジャーナリスト。
安政4年5月23日生まれ。政教社同人をへて明治22年新聞「日本」の記者。アジア問題に関心をもち,ルソン島にわたる。38年九州日報社長兼主筆,41年衆議院議員(国民党)。大正10年9月2日死去。65歳。筑前(ちくぜん)(福岡県)出身。司法省法学校中退。本名は誠。著作に「元禄快挙録」など。
【格言など】惟(おも)うに最後の勝利は私的準備個人的準備ある国民の手に帰す(「過渡的日本人」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

福本日南

没年:大正10.9.2(1921)
生年:安政4.5.23(1857.6.14)
明治大正期の国権派ジャーナリスト。本名は誠。福岡藩士泰風の長男。明治12(1879)年,学校騒動で原敬,陸羯南らと共に司法省法学校を退学。22年陸らと『日本』を創刊し,同紙の中心として活躍する。27年,朝鮮改革の実行を有志と密かに計画したが,日清開戦となり立ち消えとなった。38年玄洋社の機関紙『九州日報』の社長兼主筆となる。41年憲政本党から出馬し,衆院議員に当選。また大正3(1914)年『元禄快挙真相録』を著し,5年に中央義士会を創立した。明治期の西欧追従の風潮に反対した国粋主義的知識人のひとりであった。<著作>松本三之介編『政教社文学集』(明治文学全集37巻)

(小宮一夫)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ふくもとにちなん【福本日南】

1857‐1921(安政4‐大正10)
明治・大正期のジャーナリスト,史論家。本名は誠。福岡藩士の長男に生まれ,司法省法学校に学ぶが,1879年学校騒動で退学。自由民権論を唱え,北海道開拓に携わる。89年新聞《日本》の記者として筆をふるう一方,南方雄飛の志を抱きフィリピンに渡る。日清戦争後はフィリピン独立運動に参加し,中国問題に関心を寄せる。1905年玄洋社の機関紙《九州日報》社長となる。代議士も務めたが,《元禄快挙録》で史論家の地位を確立し,赤穂義士の研究にうちこんだ。

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大辞林 第三版の解説

ふくもとにちなん【福本日南】

1857~1921) 新聞記者・史論家。福岡の人。「九州日報」「新潟新聞」主筆、代議士。著「元禄快挙録」は有名。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

福本日南
ふくもとにちなん

[生]安政4(1857).福岡
[没]1921.9.2.
ジャーナリスト。本名,誠。 1876年司法省法学校に入学したが,賄征伐事件で原敬,陸羯南 (くがかつなん) らとともに 79年退学処分を受けた。やがて三宅雪嶺らの政教社の同人となり,89年からは陸の新聞『日本』の記者。 90年には菅沼貞風とフィリピンへ行った。 96年雑誌『二十六世紀』が政府攻撃の無署名論文を掲載して発売禁止処分を受けたが,その筆者と推定されている。その後『九州日報』『新潟新聞』の主筆。主著『元禄快挙録』 (1908~09) 。 (→二十六世紀事件 )

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

福本日南
ふくもとにちなん
(1857―1921)

明治・大正期の新聞記者、史論家。本名誠。別号は健日別、青天など。安政(あんせい)4年6月14日筑前国(ちくぜんのくに)(福岡県)生まれ。幼少より向陽義塾(玄洋社の前身)で経書を学ぶ。司法省法学校に入学したが、陸羯南(くがかつなん)らと寄宿舎の賄征伐事件(まかないせいばつじけん)を起こしたため退校処分を受ける。1888年(明治21)羯南が創刊した『東京電報』に入社。以後、同紙を改組した『日本』の編集幹部として活躍。姉妹誌である『日本人』にも多く寄稿した。1889年以来数回にわたりフィリピン、東南アジアを視察。この経験をもとに南進論を主張し、東邦協会を設立した。1905年(明治38)『九州日報』の社長兼主筆に就任。社内改革を推進した。1908年衆議院議員に当選。1909年『九州日報』を退社、以後はおもに文筆活動と政治活動にあたる。とくに歴史論に優れ、『元禄快挙録(げんろくかいきょろく)』はベストセラーとなった。このほか『清教徒神風連(しんぷうれん)』など多くの史論がある。また対外硬派としてさまざまな運動に参加した。大正10年9月2日死去。[有山輝雄]
『『日南集』(1910・東亜堂書房)』

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