仏の名を口に称(とな)えること。念仏ともいう。念仏はもと仏を心に念ずることであったが、浄土教が盛んになると、念は称と同一とみられ、もっぱら阿弥陀仏(あみだぶつ)の救済を信じて「南無(なむ)阿弥陀仏」と称える称名念仏をさすようになった。称名は、仏に帰依(きえ)し、仏徳をたたえ、仏の救済を願うということであって、仏道修行のうちでもっとも行じやすく、かつ優れた利益(りやく)があると考えられ、浄土教では称名をもっとも重視した。『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』には、もっとも罪深い悪人でも十声の称名で救われたと説いているが、これはあらゆるものを救済しようと願う阿弥陀仏の慈悲の働きによるのである。中国浄土教の大成者である善導(ぜんどう)は、この教えによって、称名こそ仏の世界(浄土)に生まれることのできる中心となる行であることを説いた。日本では、浄土宗の開祖法然(ほうねん)(源空)はこれを受けて、専修(せんじゅ)念仏の教えを広め、浄土真宗の祖親鸞(しんらん)は称名(念仏)はそのまま阿弥陀仏の呼び声にほかならないと説いて、これを大行(たいぎょう)とよび、時宗の祖一遍(いっぺん)は念仏が念仏すると述べて称名の「ひとりばたらき」を強調した。本願寺第8世蓮如(れんにょ)は親鸞の教えを民衆に広く伝えたが、彼は称名は信心決定に対する報恩行(ほうおんぎょう)であると説いた。
[瓜生津隆真]
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