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米原雲海 よねはらうんかい

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

米原雲海
よねはらうんかい

[生]明治2(1869).8.22. 島根,安来
[没]1925.3.25. 東京
彫刻家。本名は木山幸太郎。幼名小三郎。初め宮大工を業としたが,上京して高村光雲に木彫を学び,1903年第5回内国勧業博覧会に出品した『幼児と林檎』が入賞し,木彫家として頭角を現した。

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デジタル大辞泉の解説

よねはら‐うんかい【米原雲海】

[1869~1925]彫刻家。島根の生まれ。高村光雲に師事し、同門の山崎朝雲らと日本彫刻会を結成。木彫の振興に尽力した。

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百科事典マイペディアの解説

米原雲海【よねはらうんかい】

彫刻家。島根県生れ。高村光雲に木彫を学び,東京彫工会や日本美術協会の展覧会,内国勧業博覧会などで受賞。1907年平櫛田中らと日本彫刻会を興し,日本伝統の木彫の発展に尽力した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

米原雲海 よねはら-うんかい

1869-1925 明治-大正時代の彫刻家。
明治2年8月22日生まれ。高村光雲にまなぶ。明治40年山崎朝雲らと日本彫刻会をおこし,日本の伝統的な木彫美を追求した。文展・帝展審査員。大正14年3月25日死去。57歳。出雲(いずも)(島根県)出身。旧姓は木山。本名は幸太郎。代表作に「竹取翁」「旅人」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

米原雲海

没年:大正14.3.25(1925)
生年:明治2.8.22(1869.9.27)
明治大正期の彫刻家。出雲安来(島根県安来市)に生まれる。本名木山幸太郎,幼名小三郎。16歳で米原家の養子となった。初め塔大工などに建築彫刻を学び大工となったが,京都,奈良の古仏に感銘を受け,彫刻家を志す。明治23(1890)年上京し,高村光雲に師事。光雲の右腕と称された。27年より雲海と号す。内国勧業博覧会,文展などに出品。写実をもとに独自のデフォルメを加えて木彫人物像を得意とした。28年,東京美術学校(東京芸大)雇となり,30年まで勤務。40年,岡倉天心の指導により日本彫刻会を結成した。代表作に「仙丹」(東京国立近代美術館蔵),「竹取翁」(東京国立博物館蔵)などがある。

(山梨絵美子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

よねはらうんかい【米原雲海】

1869~1925) 彫刻家。島根県生まれ。高村光雲に師事。日本的な木彫彫刻の振興をめざし日本彫刻会を創立。代表作「仙丹」「竹取翁」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

米原雲海
よねはらうんかい
(1869―1925)

明治・大正の彫刻家。島根県安来(やすぎ)の人。高村光雲の門に入り、橋本雅邦(がほう)からは画技を学んだ。1907年(明治40)同門の山崎朝雲(ちょううん)らと日本彫刻会を組織、木彫による日本固有の彫刻美の発揮を志したが、以前より塑造にも興味をもち、1897年(明治30)には青年彫塑会に「土型(どけい)」と称して塑像を出品している。1907年着工した銅造の『ジェンナー像』(東京国立博物館)は、油土で小原型をつくり、木で等身の原型に拡大し、これを銅鋳したものである。文展開設以来毎回出品し、洋風彫塑に対して、日本の木彫に適した情趣ある表現に新生面を開いている。代表作に『寒山子』『仙丹』『竹取翁』『旅人』(1914・東京国立博物館)などがある。[佐藤昭夫]

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