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米良荘 めらのしょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

米良荘
めらのしょう

宮崎県西部,一ツ瀬川上流域一帯の地域名。江戸時代は肥後の人吉藩領であった。行政上は西米良村,木城町と西都市東米良地区に属する。九州山地中にあり,1943年に国道 219号線が通じるまではまったくの隔絶地域であった。

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世界大百科事典 第2版の解説

めらのしょう【米良荘】

宮崎県中部を東流する一ッ瀬川の上流一帯を指す地域名で,米良山地ともいう。行政的には西都市東米良地区と児湯(こゆ)郡西米良村に属する。山地は中生代の四万十(しまんと)層群に属する粘板岩と砂岩を主体にした九州山地を一ッ瀬川の本・支流が浸食したもので,高い所で標高1000m内外であるが谷の傾斜が急で,古くから北方の椎葉とともに平野部から隔絶した地域として隠田集落的性格をもち,独特の民俗を有した。古い時代の歴史は不詳であるが,15世紀初め肥後の菊池氏が後醍醐天皇の子孫を奉じてこの地に入山し,米良氏と改姓して支配したといわれる。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔地域名〕米良荘(めらのしょう)


宮崎県西部、一ッ瀬川上流地域の汎称。
西都市の東米良地区・寒川(さぶかわ)地区と、西米良村にあたる。江戸時代は肥後国(ひごのくに)人吉(ひとよし)藩領に属し、林業や焼畑による雑穀栽培が行われた。谷は険しく、集落は緩傾斜の山頂付近にある。隔絶山村だったが、昭和初期に国道219号が開通、一ッ瀬ダムが建設された。シイタケ・茶栽培が盛ん。

〔宮崎県〕米良荘(めらのしょう)


宮崎県西部、一ツ瀬(ひとつせ)川上流域の汎称(はんしょう)。西都(さいと)市東米良地区・寒川(さぶかわ)地区と児湯(こゆ)郡西米良村にあたる。江戸時代は肥後(ひご)人吉(ひとよし)藩領に属し、林業や焼畑による雑穀栽培が行われた。谷が急峻(きゅうしゅん)で、集落は緩傾斜の山頂付近に点在する。隔絶山村だったが、昭和初期に国道219号が開通、一ツ瀬ダムが建設された。シイタケ・茶栽培が盛ん。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

米良荘
めらのしょう

宮崎県中西部、児湯(こゆ)郡西米良村、西都(さいと)市東米良地区にあたり、九州山地内にある隠田(おんでん)百姓村。米良山ともいう。一ツ瀬(ひとつせ)川上流部に位置し、市房(いちふさ)山(1721メートル)、石堂(いしどう)山(1547メートル)などがそびえる。集落は山腹の緩斜面に散在し、本流、支流に沿う中心的な集落は村所(むらしょ)、小川(おがわ)、銀鏡(しろみ)、尾八重(おはえ)があげられる。山間に村を形成したのは中世ごろで、肥後(ひご)の豪族菊池(きくち)氏一族が逃れて入山し、米良姓を名のった。江戸時代は人吉(ひとよし)藩に属したが、米良氏は交替寄合(よりあい)家として譜代(ふだい)大名の待遇であった。米の石高(こくだか)はきわめて少なかった。山村の生活は焼畑、林業、狩猟などで、米良山は将軍家が狩に使う鷹(たか)の産地として鷹巣山(たかのすやま)にも指定されていた。領主館は小川にあったが、現在は村所が中心地になっていて、菊池記念館、歴史民俗資料館がある。[横山淳一]

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