出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
紬糸で織った絹織物。紬糸は真綿を引き出して細く糸にしたものであるが、現在では手紡することが非常に高価につくため、玉糸(一つの繭の中に二つの蛹(さなぎ)が入った玉繭からとった節のある絹糸)や、木綿・毛・化合繊の節糸を使い、外観上ざっくりとした紬の風合いに似せたものも紬とよんでいる。
紬は、蚕糸生産の発展過程のうち最初に現れた技法と一般に考えられているが、実物資料による限りでは、このような織物は発見されていない。また古代に生産された絁(あしぎぬ)に比定することも多くの文献にみえているが、正倉院蔵の資料によってもこのことは誤りであることがわかる。むしろ、蚕種生産あるいは生糸生産の過程でできる出殻繭(でがらまゆ)・屑(くず)繭などの利用方法として、農家の自家生産から生まれたものとみるのが妥当であろう。これが地方の特産品となったのは近世以後であり、1627年(寛永4)開板の『毛吹草(けふきぐさ)』によると、伊勢(いせ)紬、甲斐(かい)紬、八丈島紬、横山紬島、結城(ゆうき)紬、中山紬島、仙台紬、丹後(たんご)紬がみえ、各地に産物として現れてくる。そして近世後期には庶民の間に利用が許される絹織物としてもてはやされた。現在でも生産されているものに、結城紬(茨城県結城市)、十日町(とおかまち)紬(新潟県十日町市)、塩沢(しおざわ)紬(新潟県南魚沼(みなみうおぬま)市)、大島紬(鹿児島県)、長井(ながい)紬(山形県長井市)、石下(いしげ)紬(茨城県常総(じょうそう)市)、館林(たてばやし)紬(群馬県館林市)などがある。
製造方法は、代表的な結城紬の場合で示すと、真綿を「つくし」とよばれる道具に絡ませておき、これを両手の親指と人差し指によって左右に練りをつけながら引き伸ばし、紡ぐものである。真綿は紬用として特別につくられている。1日の紡績量は、8時間労働としても5~6匁(約19~23グラム)にすぎないから、一反分を紡ぐためには実に多くの日数を要するわけである。紬に絹紡紬糸(ちゅうし)を使うこともあるが、これは絹紡糸をつくるとき、精綿工程でできる二等綿、または梳綿(そめん)工程で落とされる屑(くず)繊維を用いて紡績した糸で、紬糸とはまったく製造方法が異なる。
白紬、紬縞(じま)、紬絣(がすり)の種類があるが、地質、染色堅牢(けんろう)度が優れ、雅趣に富んだ織物であることから、現在では高級着尺地としての位置を占めている。ただ和服地としては、正装の位置を占めることはない。
[角山幸洋]
絹織物の一種で,元来は紬糸を用いた織物のこと。組織は平織とし,色無地や縞,絣物を主とするが,後染用の白生地もある。外観は一般的な絹織物に比べて平滑さや,光沢に欠け,紬糸の糸質より生じる独得のざっくりとした風合いがある。紬糸とは,真綿もしくはくず繭から引き出して紡いだ糸をいう。引出し紡といって,〈つくし〉という枠にかけた真綿から指先で手前へ糸を引き出してとる結城紬(ゆうきつむぎ)の糸とりが,これの代表的なものであるが,最近はこの手紬糸に対し,機械紡の行われている産地が多くなっている。また今日では必ずしも紬糸によらない織物でも,できあがった織りの風合いが紬らしい粗い感じをもっているものを〈紬〉と称していることもある。すなわち玉繭(たままゆ)(一つの繭を2匹以上の蚕がつくった繭)からとった玉糸や山繭糸(ヤママユ)を用いて織ったものを〈山繭紬〉などと称し,反対にたとえば大島紬のように,現在の品はまったく紬の風合いを失ってしまったものでも,かつての名称どおり〈紬〉と称しているものもある。したがって〈紬〉と通称される織物も,材質的にみた場合とできあがった外観を主としていった場合とは,その間に多少のくい違いがある。これは明治以降の需要の増加と商品としての価格の点から,しだいに玉糸や紡績絹糸などが併用され,混織された結果であろう。
絹を材料としながら,一見木綿のように見え,軽くて着ごこちもよく,長もちする紬は,江戸時代後期には特に町人階級に好んで用いられたが,明治後期になると,その控えめな渋味のある風趣が好まれてしだいに高級化し,今日の高級絹織物としての〈紬〉が形成された。その間に糸質の変遷や高級化に伴う加工技術の精巧化などに時代の好みを反映して,一般に昔の太織のような厚手のものから,しだいに糸織風の薄手のものに変わってきている。
執筆者:小笠原 小枝
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…生地はしなやかで軽く,しわになりにくい利点をもつ。奄美における紬織物の起源は明らかでないが,1720年(享保5)の《大島政典録》に薩摩藩が島民に紬着用禁止令を出したことがみえることから,これ以前に紬が生産されていたことはまちがいないようである。そのころの大島紬は手引きの真綿紬糸を用いて,地機(じばた)で製織されたきわめて素朴なものであったと思われる。…
…絹の真綿を手で紡いで糸にすることをいう。こうして作った紬糸(つむぎいと)を経(たて)・緯(よこ)に使って,無地,絣(かすり)模様,縞(しま)に織ったのが紬である。茨城県結城(ゆうき)市および栃木県小山市をそれぞれ中心とする地域で生産される結城紬は,経糸に180~210デニール,緯糸に110~120デニールくらいの太さの紬糸を使い,縞または絣模様に織った平織の着尺地である。…
※「紬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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