改訂新版 世界大百科事典 「羊水診断」の意味・わかりやすい解説
羊水診断 (ようすいしんだん)
羊水診断法,子宮内診断(法),出生前診断(法)とも呼ばれる。出生前に原因を有し,またすでに胎生期に発症している先天異常の診断,胎児の成熟度判定など,胎児の状態について,より直接的,より正確な情報を得る方法である。羊水穿刺(せんし)によって得た少量の羊水を用いて検索するので羊水診断と呼ばれる。Rh血液型不適合による胎児赤芽球症(新生児重症黄疸)の診断に羊水中のビリルビン測定が役立つことが認められたことに端を発し,1960年代に染色体異常,先天性代謝異常の診断が試みられ,臨床的に応用されることになった。羊水診断法のほか胎児についての情報は超音波,X線,心電図などの物理学的方法によっても得ることができ,これらを胎児モニターという。
羊水穿刺
羊水は羊膜に包まれた羊膜腔内にあって,胎児をその中に保護している。羊水と羊膜はともに胎児由来のものである。羊水は胎児によってのみこまれ,尿として排出される。妊娠16~20週には約300ml前後の量となる。羊水中の浮遊細胞は,羊膜,胎児皮膚,胎児粘膜から剝脱(はくだつ)した細胞である。羊水穿刺には経腹壁法と経腟法とがあり,通常は超音波によって胎盤の位置を確認したのち経腹壁法によって行う。採取量は5~10mlである。一般に20週以降においては胎児への影響は母体への影響より大きいが,現在までの成績では両者に対する障害はきわめて少なく,新生児期および以後の長期観察でも問題になるものは認められていない。安全な技術ではあるが,熟練者が行うべき検査である。採取した羊水の検索は,液体成分(遠心分離した上澄み)を細胞成分にわけて行われる。細胞成分は,そのまま胎児の性別判定,Y染色体蛍光染色による分析,酵素活性測定に用いることもあるが,通常は組織培養を行って増殖した繊維芽細胞を利用する。この繊維芽細胞で,組織化学的分析,酵素化学的分析,あるいは染色体の核型分析などを行う。羊水の培養には相当高度な技術が必要で,約2~4週間の培養によって検索に必要な細胞量が得られる。
染色体異常の診断
末梢白血球を用いての染色体分析法(核型分析)がそのまま培養細胞に適用される。後述の先天代謝異常の検査の場合に比べて,一定の検査によって多数の疾患を診断できること,治療不可能な対象疾患の頻度がはるかに高いなどの理由から,早期に実用化され,威力を発揮している。主として転座型ダウン症候群の子をもつ妊婦,21-トリソミー 21-trisomy(21番目の染色体が3本ある異常)の出生頻度の高い高年妊婦(一般妊婦では胎児600人に1人であるが,45歳以上では50人に1人の率となる)や放射線大量暴露の場合,LSDなど特殊薬剤使用の場合など,異常の存在する危険度の高い妊婦の場合に行われる。
先天性代謝異常の診断
羊水上澄み成分中の物質の異常増加,羊水細胞成分の組織化学的検査(異常物質の細胞内蓄積),培養細胞による酵素活性測定など,対象疾患によって異なる種々の方法により診断する。最も信頼性が高いのは酵素活性測定によるものである。現在までに40種に近い疾患が診断可能である。これらの疾患のうち,ムコ多糖蓄積症各型,脳脂質蓄積症(リピドーシス),アミノ酸代謝異常症の諸疾患,レッシュ=ナイハン症候群などは,重症心身障害をおこし,有効な治療手段のない疾患である。しかし,羊水診断が不可能な疾患も多い。羊水診断を行う場合,その家系内ですでに診断された患者(発端者)についての十分な検索に基づく確実な情報と診断を把握しておくことが前提となる。羊水細胞培養の時間的制約,測定すべき酵素活性の選択などのために,対象疾患を単一にしぼる必要があるためである。同胞でDNA診断が行われている診断への時間が短縮される。
羊水診断の適応と意義
羊水診断は危険度の高い妊娠に際して,両親の希望と医学的妥当性に基づいて行うべきものである。危険度の推定には,遺伝的確率算定と遺伝子保因者診断法も行われる。重篤な先天性異常児を産んだ親が妊娠した場合に,その不安と苦悩は大きい。したがって,それらが羊水診断の可能な疾患である場合には,胎児の状態について正確な情報を得ることができる意義は多大である。遺伝相談を行ううえで重要な武器となっている。
執筆者:中村 了正
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報