唯美主義と同義に扱われている。広義にはエピクロスの語とともに古い歴史をもつ哲学用語で、一種の世界観または人生観として、美的享受および形成に最高の価値を置く立場をいう。芸術上の耽美主義とは、美の創造を芸術の唯一至上の目的として追求する創作態度のことで、一般に「芸術のための芸術」(芸術至上主義)の主張の一支脈として19世紀後半に現れた文芸思潮上の一傾向をさす。
[大久保典夫]
フランスではポーの影響を受けた『悪の華(はな)』(1857)の詩人ボードレールによって高唱され、イギリスではペイターからラファエル前派を経て『ドリアン・グレイの肖像』(1891)のワイルドに至って、その特色がいかんなく発揮されている。それぞれの主張はかならずしも一致しないが、共通の特色として次のことがあげられる。第一に、精神や心情よりも感覚を、内容よりも形式や技巧を重んじること。第二に、自然や人生から超脱した芸術独自の世界の創造を意図したこと。第三に、写実を退けて空想に生きようとしたこと。第四に、類型や慣習を廃して個性を伸張させ、斬新(ざんしん)奇抜な意匠を試みたこと。第五に、美以外の価値、とくに倫理的価値の規準を超越して美の実現に徹し、ときには好んで悪のうちにも美を認めたこと。こうした芸術上の傾向が実生活に反映すると、個人主義や貴族主義と結び付いて、いわゆるダンディたることを理想とした生活そのものの美化を目ざすものとなる。
[大久保典夫]
かかる耽美的傾向は、日本の文学の長い歴史の随所にみいだすことができるが、坪内逍遙(しょうよう)の『小説神髄(しんずい)』(1885~86)以後の日本近代文学史における耽美主義文学の発現は、島崎藤村(とうそん)の『破戒』(1906)に始まる自然主義文学運動がピークに達した1909年(明治42)ごろからで、この年1月に創刊された雑誌『スバル』がその有力な契機となる。森鴎外(おうがい)、上田敏(びん)に先導された『スバル』は、北原白秋(はくしゅう)、木下杢太郎(もくたろう)、吉井勇、長田秀雄、高村光太郎らを世に送り、13年12月廃刊になる。しかし、『スバル』創刊の翌年(1910)5月、上田敏の推挙によって慶応義塾文科教授に就任した永井荷風(かふう)を中心に『三田(みた)文学』が創刊され、また、同年9月には、谷崎潤一郎、後藤末雄、和辻(わつじ)哲郎らによって第二次『新思潮』も創刊されて、これら三誌が耽美派の拠点となり、理想主義・人道主義を掲げた『白樺(しらかば)』派とともに反自然主義の旗色を鮮明に打ち出した。
日本の耽美主義に理論的基礎を与えたのは上田敏と永井荷風で、ともに耽美派の詩文人の集いである「パンの会」(1908結成)に参加、前者の『うづまき』(1910)、後者の『冷笑』(1909~10)は、享楽主義を鼓吹する耽美派小説の代表作と目された。荷風に導かれた『三田文学』からは、久保田万太郎、水上(みなかみ)滝太郎、それに佐藤春夫が登場するが、耽美派の台頭を大きく印象づけたのは谷崎潤一郎で、その文壇登場に決定的な役割を演じたのが永井荷風である。荷風は『三田文学』に掲げた『谷崎潤一郎氏の作品』で、谷崎文学の特質を要約し、第一は「肉体的恐怖から生ずる神秘幽玄」、第二は「全く都会的たる事」、第三は「文章の完全なること」であるという。これは、その後大輪の花を咲かせる谷崎文学の根幹を押さえた適確な指摘であるとともに、耽美派そのものの性格の提示でもある。しかし、耽美派を自然主義と決定的に対立すると考えるのは誤りで、むしろ旧套(きゅうとう)打破・現実暴露を唱えた自然主義の行き詰まりによる退廃化現象と歩調をあわせていたといえる。しかし、谷崎潤一郎登場以後の享楽主義から快楽主義へという耽美派文学の展開は、たとえば赤木桁平(こうへい)の『「遊蕩(ゆうとう)文学」の撲滅』(1916)のような批判を生むが、芸術至上主義の一支脈としての耽美派の流れは、芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)、川端康成(やすなり)、太宰治(だざいおさむ)、三島由紀夫らにその血脈をたどることができる。
[大久保典夫]
『吉田精一著『近代日本浪漫主義研究』(1940・武蔵野書院)』▽『野田宇太郎著『パンの会』(1952・三笠書房)』▽『高田瑞穂著『近代耽美派』(1967・塙書房)』
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…美をなによりも優先させる態度一般を指すが,狭義には1860年ころから始まった西欧の芸術思潮をいう。審美主義,耽美(たんび)主義とも呼ぶ。作品の価値はそこに盛られた思想あるいはメッセージではなく形態と色彩の美にある,と主張する。…
※「耽美主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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