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肖柏 しょうはく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

肖柏
しょうはく

[生]嘉吉3(1443)
[没]大永7(1527).4.4.
室町時代の連歌作者。中院通淳 (みちあつ) の子。夢庵,牡丹花,弄花軒と号す。『新撰菟玖波集 (つくばしゅう) 』の編纂に宗祇を助け,式目の増補整理にもあたった。宗祇,宗長とともに賦した『水無瀬三吟百韻 (みなせさんぎんひゃくいん) 』は有名。『伊勢物語肖聞抄』 (1477) ,『弄花抄』 (76) など古典の注釈書や,連歌学書『肖柏口伝』がある。詠草集を『春夢草』といい,和歌を集めたもの (1516頃) と,連歌の発句を集めたもの (15) がある。晩年は堺に移住。宗祇に古今伝授を受け,宗二に伝えた。

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百科事典マイペディアの解説

肖柏【しょうはく】

室町後期の連歌師別号を牡丹花,夢庵など。准大臣中院通淳(みちあつ)の子。若くして閑雅の境を好み,摂津池田,和泉堺に隠住した。連歌を宗祇に学び,古今伝授を受け,堺伝授の祖となった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

肖柏 しょうはく

1443-1527 室町-戦国時代の連歌師。
嘉吉(かきつ)3年生まれ。中院通淳(なかのいん-みちあつ)の子。宗祇(そうぎ)にまなび,宗祇,宗長(そうちょう)と「水無瀬(みなせ)三吟百韻」「湯山三吟」をよむ。宗祇からうけた古今伝授を堺(さかい)の門人につたえた(堺伝授)。大永(たいえい)7年4月4日死去。85歳。別号に夢庵,牡丹花(ぼたんか)。著作に「伊勢物語肖聞抄」「古今和歌集古聞」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

肖柏

没年:大永7.4.4(1527.5.4)
生年:嘉吉3(1443)
室町時代の連歌師。号は夢庵,弄花老人。初めは肖柏と名乗るが,永正7(1510)年に牡丹花(読みは「ぼたんげ」とも)と改名。中院通淳 の子であったが若くして遁世し,摂津国池田に庵を結び,晩年は堺に住んだ。連歌を飯尾宗祇に学び,宗祇やその弟子宗長 と共に『水無瀬三吟百韻』『湯山三吟百韻』などのすぐれた連歌作品を残した。また宗祇,猪苗代兼載の『新撰【G7EDF玖波/つくば】集』選集作業を助け,『連歌新式』を改訂増補するなどその学識で連歌界に重きをなし,古今伝授(『古今和歌集』の和歌の解釈などの学説を授けること)を堺の人々に伝えてもいる。花と香と酒を愛し(『三愛記』),風流華麗な生活をし,句風もまた艶麗であった。

(伊藤伸江)

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世界大百科事典 第2版の解説

しょうはく【肖柏】

1443‐1527(嘉吉3‐大永7)
室町中期の連歌師,歌人,歌学者。准大臣中院通淳の子。別号は夢庵,牡丹花など。京都の人。連歌師宗祇より伝授された《古今和歌集》《源氏物語》の秘伝を,晩年に移住した堺の人々に伝え,堺伝授の祖となった。《古今和歌集古聞》など,講釈の聞書をもとにした注釈書が多い。連歌師としては,宗祇,宗長と詠んだ《水無瀬(みなせ)三吟百韻》などが伝わる。家集に《春夢草》がある。【小高 道子

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

肖柏
しょうはく
(1443―1527)

室町後期の連歌師(れんがし)、歌人。中院通淳(なかのいんみちあつ)の子、また内大臣通秀(みちひで)の弟。早く出家して肖柏と称し、宗祇(そうぎ)に従って和歌、連歌を学ぶ。正宗龍統の門に出入りして禅学の素養もあった。応仁(おうにん)の乱と前後して摂津国池田(大阪府)に住んで京都との間を往還し、さらに晩年を和泉国(いずみのくに)(さかい)(大阪府)で送り、宗祇よりの古今伝授(こきんでんじゅ)を堺の門人の間に伝えた。大永(だいえい)7年4月8日没。牡丹花(ぼたんか)、夢庵(むあん)、弄花(ろうか)などの別号をもち、風流な生活のさまは『三愛記(さんあいのき)』にみえる。宗祇、宗長との百韻連歌『水無瀬三吟(みなせさんぎん)』『湯山(ゆのやま)三吟』は著名。歌集、連歌集ともに『春夢草(しゅんむしょう)』と名づける。連歌新式の改訂増補を果たした功も大きい。ほかに『源氏物語弄花抄』『伊勢(いせ)物語肖聞(しょうもん)抄』『古今集古聞』などの古典注釈の書がある。[島津忠夫]
『木藤才蔵著『連歌史論考 下』(1973・明治書院)』

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世界大百科事典内の肖柏の言及

【源氏物語】より

…以後,鎌倉から南北朝ごろまで河内本が優位を占め,それ以後は青表紙本がそれに取って代わるようになった。近世の流布本も青表紙本系であるが,それは河内本がかなり混入した肖柏本系の本が主で,純粋な青表紙本を重んずる立場から,現在では《湖月抄》(《源氏物語湖月抄》)のような近世流布本を敬遠して,古写本の中から善本を求めることとなり,〈大島本〉(平安博物館)などが重んぜられている。零本の類では,平安朝古写の《源氏物語絵巻》詞書や,前田家蔵定家筆の柏木・花散里両巻,定家筆本を臨模した明融本(その中の9巻)などがある。…

【古今伝受(古今伝授)】より

…常縁はこれを連歌師の飯尾宗祇に相伝し,以後この系統が古今伝受の正当とみなされ尊重されてゆく。この後,宗祇はこれを三条西実隆,近衛尚通(ひさみち),牡丹花肖柏などに相伝し,ここで古今伝受は三流に分かれる。すなわち,実隆と尚通に相伝された古今伝受は,そのまま三条西家,近衛家において受け継がれ家の秘伝となり,肖柏に相伝された古今伝受は,宗訊,宗珀など連歌師に伝えられ堺伝受,奈良伝受となっていった。…

【南宗寺】より

…わび茶との関係が深く,庭園は古田織部の作と伝えて,泉石の配置の妙で知られ,千利休遺愛の手水鉢もある。また境内には利休のわび茶の師武野紹鷗(たけのじようおう),利休の一門,連歌師の牡丹花肖柏(ぼたんかしようはく)など,錚々たる堺の町衆文化人の墓がある。【藤井 学】。…

【水無瀬三吟百韻】より

…1巻。後鳥羽院の水無瀬の廟に奉納するために,宗祇とその高弟の肖柏宗長を連衆(れんじゆ)として,1488年(長享2)正月22日の院の月忌に山城国山崎で張行された〈賦何人連歌(ふすなにひとれんが)〉の通称。宗祇の発句〈雪ながら山もとかすむ夕かな〉および宗長の挙句〈人をおしなべみちぞただしき〉は,それぞれ《新古今和歌集》所収の院の〈見わたせば山もと霞む水無瀬河夕は秋となに思ひけむ〉(巻一),〈おく山のおどろがしたもふみわけてみちある代ぞと人に知らせむ〉(巻十七)を本歌とする。…

【湯山三吟百韻】より

…〈湯山〉のよみは〈ゆやま〉とも。1491年(延徳3)10月20日,宗祇とその高弟の肖柏宗長を連衆として摂津国湯山(有馬温泉)で張行された〈賦何人連歌(ふすなにひとれんが)〉の通称。発句〈薄雪に木の葉色こき山路かな〉(肖柏),脇句〈岩もとすすき冬やなほみん〉(宗長),第三〈松むしにさそはれそめし宿出でて〉(宗祇)以下100句で,挙句は肖柏の〈一(ひと)むらさめに月ぞいさよふ〉。…

【連歌新式】より

…1巻。《応安新式》に,1452年(享徳1)に一条兼良宗砌(そうぜい)の意見を徴して成った《新式今案》を加え,さらに1501年(文亀1)に肖柏が改訂をほどこしたもので,正式には《連歌新式追加並新式今案等》と称し,以後長く連歌の規範とされた。ただし実際には,室町末期ころから式目はより細かく煩雑なものとなっていった。…

※「肖柏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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