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能古島 のこのしま

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

能古島
のこのしま

残島,能巨島,乃古島とも書く。福岡県北西部,博多湾に浮ぶ島。最高点は 195m。福岡市西区に属する。玄武岩から成り,台地状の形状を示す。北端の也良 (やら) 岬には防人 (さきもり) がおかれた。江戸時代はウマが飼育され,中心地区の江ノ口 (えのくち) は米,陶磁器を大坂,北陸方面に送る廻船業で栄えた。現在は野菜栽培と漁業が主産業で,東岸の北浦,大泊海水浴場,キャンプ場,アイランドパークなどがあり,観光施設も多い。玄海国定公園に属する。市営渡船がある。面積 3.93km2。人口 853 (1996) 。

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デジタル大辞泉の解説

のこ‐の‐しま【能古島】

福岡県西部、博多湾内中央にある台地状の島。福岡市西区に属する。面積約4平方キロメートル、周囲12キロメートル、最高点195メートル。夏、キャンプ場・海水浴場としてにぎわう。奈良時代防人(さきもり)が置かれた。作家の檀(だん)一雄がこの島で晩年を過ごした。残島

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世界大百科事典 第2版の解説

のこのしま【能古島】

福岡県北西部,博多湾に浮かぶ島。福岡市西区に属する。残島とも書き,古くは能許島,乃古島とも書かれた。周囲約8km。面積4km2。基盤の古生層の上を古第三紀層,さらに上部を玄武岩がおおい,最高点は195mで,台地状を呈する。北端は也良岬(やらのさき)。古代には防人(さきもり)がおかれ,《万葉集》巻十六に載る歌に,〈沖つ鳥鴨とふ船の還り来(こ)ば也良の崎守早く告げこそ〉とある。また台地上には〈能古島牛牧〉があった。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔福岡県〕能古島(のこのしま)


福岡県北西部、博多(はかた)湾に浮かぶ島。面積4.0km2。福岡市西区に属する。ナシ・ブドウ・野菜の園芸農業が盛ん。のこのしまアイランドパークやキャンプ場があり、福岡市民の行楽地として海水浴・釣り客などでにぎわう。玄海(げんかい)国定公園に属する。残島とも書く。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

能古島
のこのしま

福岡県北西部、福岡市西区に属し博多(はかた)湾にある島。残島とも書き、古くは「能許」「能巨」「乃古」とも書かれた。古生層の上を古第三紀層と玄武岩が覆う台地状の島で、最高点は195メートル、面積は3.72平方キロメートル。台地上は古くから牧場として利用され、福岡藩藩政期は馬の牧場や鹿(しか)の猟場であったが、第二次世界大戦中からは野菜、ナシ、ブドウなどの園芸農業が行われている。中心は江ノ口(えのくち)で江戸時代には廻船(かいせん)業で栄えたが、現在は漁業のほか、市内への通勤者も多い。玄海(げんかい)国定公園に含まれ、眺望に恵まれており、釣り、海水浴、キャンプ客が多い。姪浜(めいのはま)から市営渡し船が約10分で通じる。人口805(2000)。[石黒正紀]

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