コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

能因 ノウイン

デジタル大辞泉の解説

のういん【能因】

[988~?]平安中期の歌人。俗名、橘永愷(たちばなのながやす)。藤原長能(ふじわらのながよし)に和歌を学ぶ。初め文章生(もんじょうしょう)となったが、のち出家。高貴の人の邸に出入りし、専門歌人として敬慕された。著「能因歌枕」、私撰集玄々集」、家集「能因法師集」がある。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説

能因【のういん】

平安中期の歌人。三十六歌仙の一人。俗名橘永【やす】(ながやす)。出家して能因と号した。奥州に2度旅し歌を詠んでいる。《後拾遺和歌集》の代表歌人で,作品は緊張した調べをもつ。
→関連項目西行白河関

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

能因 のういん

988-? 平安時代中期の歌人。
永延2年生まれ。藤原長能(ながよし)にまなび,陸奥(むつ),甲斐(かい),伊予(いよ)などを旅して歌作。大江嘉言(よしとき),源道済(みちなり)らと交遊し,「賀陽院(かやのいん)水閣歌合」「内裏歌合」などにも参加した。中古三十六歌仙のひとりで,歌は「後拾遺(ごしゅうい)和歌集」などにある。俗名は橘永愷(ながやす)。通称は古曾部入道。著作に「能因歌枕」,歌集に「能因法師集」「玄々集」など。
【格言など】嵐吹く三室の山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり(「小倉百人一首」)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

のういん【能因】

988(永延2)‐?
平安中期の歌人。没年は1050年(永承5)11月以後。肥後守橘為愷(ためやす)の子,俗名永愷(ながやす)。文章生となるが,26歳のころ出家。家集《能因法師集》に出家時の作〈今日こそははじめて捨つるうき身なれいつかはつひにいとひはつべき〉がある。直接の原因は不明だが,自己を愛し,積極的に生きるための出家であったことがわかる。彼の作歌は,実生活に即したものが多いが,僧侶の生活を詠んだ歌は少なく,道統や修行の詳細は明らかでない。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

のういん【能因】

988~?) 平安中期の歌人。俗名、橘永愷ながやす。出家して摂津古曽部こそべに住んだので古曽部入道と呼ばれた。藤原長能ながよし・ながとうに和歌を学び、これが歌道師承の先蹤せんしようといわれる。諸国を行脚、歌枕を訪ねた。「後拾遺和歌集」以下の勅撰集に六七首入集。著「能因歌枕」、私撰集「玄々集」、家集に「能因法師集」がある。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

能因
のういん
(988―?)

平安中期の歌人。俗名橘永(たちばなながやす)。父は肥後守(ひごのかみ)橘元。のち兄為の養子となった。法名は融因、のち能因。古曽部(こそべ)入道とも号した。中古三十六歌仙の一人。文章生(もんじょうしょう)出身の官僚であったが、20代後半に出家した。家集『能因法師集』によれば、恋人の死が契機となったらしい。若年時より和歌を藤原長能(ながよし)に学び、1035年(長元8)「関白(かんぱく)左大臣頼通(よりみち)歌合(うたあわせ)」や、49年(永承4)「内裏(だいり)歌合」などに出詠し、当代歌人とくに受領(ずりょう)層歌人の指導的立場にたって活躍した。またこの時代に顕現し始める好士(すきもの)の中心的人物でもある。旅を好み、羇旅(きりょ)歌人のイメージが濃い。その赴く所は陸奥(むつ)に二度、遠江(とおとうみ)(静岡)、美濃(みの)(岐阜)、伊予(愛媛)、美作(みまさか)(岡山)その他に及ぶが、それらは多く知友の国司を頼ってのものであった。陸奥下向時の「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」という一首は広く人口に膾炙(かいしゃ)し、のちに西行(さいぎょう)などに影響を与えた。50年賀陽院(かやのいん)の歌合に名がみえるが、没年は不詳。著書に『能因歌枕(うたまくら)』『玄々(げんげん)集』がある。[川村晃生]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の能因の言及

【辞書】より

… またこの時代には和歌の学問がさかんになって,古歌の語が研究されるようになり,多くの歌論書が作られた。その中で,能因法師の《能因歌枕(うたまくら)》1巻,藤原仲実(なかざね)の《綺語(きご)抄》3巻,藤原清輔(きよすけ)の《奥儀(おうぎ)抄》3巻(天治~天養期(1124‐45)ころ成立),顕昭の《袖中(しゆうちゆう)抄》20巻(文治期(1185‐90)ころ成立),藤原範兼(のりかね)の《和歌童蒙(どうもう)抄》10巻(1135‐55(保延1‐久寿2)の間に成立)などの中には,歌語を集めて意味分類をし,それに解釈を加えた部分が含まれている。
[鎌倉・室町時代]
 平安時代の辞書の影響を受けながら,多くの辞書が新しく編まれた。…

※「能因」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

能因の関連キーワード大阪府高槻市古曽部町遠くて近きは男女の仲痩せ枯らめく五節の童女引き入れ声引きはこゆ俚び心地伸し単衣五家髄脳つい据う隠者文学揺ららか下種男子這ひ伏す時めかし打ち屈ず勅撰集袖几帳物暗し匂やか

今日のキーワード

いい夫婦の日

11月22日。通商産業省(現経済産業省)が制定。パートナーへの感謝の意を示し、絆を深める。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

能因の関連情報