平安中期の歌人。没年は1050年(永承5)11月以後。肥後守橘為愷(ためやす)の子,俗名永愷(ながやす)。文章生となるが,26歳のころ出家。家集《能因法師集》に出家時の作〈今日こそははじめて捨つるうき身なれいつかはつひにいとひはつべき〉がある。直接の原因は不明だが,自己を愛し,積極的に生きるための出家であったことがわかる。彼の作歌は,実生活に即したものが多いが,僧侶の生活を詠んだ歌は少なく,道統や修行の詳細は明らかでない。摂津の児屋や古曾部に住み,1025年(万寿2)以後,2度の奥州旅行をするが,仏道修行の要素はとぼしく,陸奥駒の交易に関連した旅行であったかもしれない。《後拾遺和歌集》巻九所載の〈都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関〉は,初度の旅行で詠んだ秀歌だが,《古今著聞集》や《十訓抄》は,この歌を能因は都にいて詠んだが,現地で詠んだことにしたいと考え,奥州旅行に出たという風聞を自分で流し,家にこもって日光浴をして色を黒くしてから発表した,という愉快な苦心談を伝える。家集には〈想像奥州十首〉という作品もあるので,そうした作品に関する説話であろうか。藤原長能に師事して歌道を学び,源道済,大江嘉言,大江公資,相模らと交流,関白頼通の知遇を得て,〈賀陽院水閣歌合〉〈永承四年内裏歌合〉〈永承五年祐子内親王家歌合〉に出詠した。《後拾遺和歌集》以後の勅撰集に65首入集。家集のほか,同時代人の歌を集めた《玄々集》や歌書《能因歌枕》を残す。歌道への執心と漂泊の行脚は,西行ら中世詩人の先駆であり,詩文の世界を和歌に移し,現実に即して自己をうたう作歌方法は,《古今和歌集》の伝統をのりこえるもっとも有効な方法として,次代の歌人たちに影響を与えた。《小倉百人一首》には〈嵐吹く三室の山のもみぢ葉は立田の川の錦なりけり〉が収められたが,前掲の〈都をば霞とともに〉の歌や《新古今和歌集》巻二所載の〈山里の春の夕暮来て見れば入相の鐘に花ぞ散りける〉の方が,能因らしい作風を見せている。
執筆者:上野 理
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平安中期の歌人。俗名橘永愷(たちばなながやす)。父は肥後守(ひごのかみ)橘元愷。のち兄為愷の養子となった。法名は融因、のち能因。古曽部(こそべ)入道とも号した。中古三十六歌仙の一人。文章生(もんじょうしょう)出身の官僚であったが、20代後半に出家した。家集『能因法師集』によれば、恋人の死が契機となったらしい。若年時より和歌を藤原長能(ながよし)に学び、1035年(長元8)「関白(かんぱく)左大臣頼通(よりみち)歌合(うたあわせ)」や、49年(永承4)「内裏(だいり)歌合」などに出詠し、当代歌人とくに受領(ずりょう)層歌人の指導的立場にたって活躍した。またこの時代に顕現し始める好士(すきもの)の中心的人物でもある。旅を好み、羇旅(きりょ)歌人のイメージが濃い。その赴く所は陸奥(むつ)に二度、遠江(とおとうみ)(静岡)、美濃(みの)(岐阜)、伊予(愛媛)、美作(みまさか)(岡山)その他に及ぶが、それらは多く知友の国司を頼ってのものであった。陸奥下向時の「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」という一首は広く人口に膾炙(かいしゃ)し、のちに西行(さいぎょう)などに影響を与えた。50年賀陽院(かやのいん)の歌合に名がみえるが、没年は不詳。著書に『能因歌枕(うたまくら)』『玄々(げんげん)集』がある。
[川村晃生]
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… またこの時代には和歌の学問がさかんになって,古歌の語が研究されるようになり,多くの歌論書が作られた。その中で,能因法師の《能因歌枕(うたまくら)》1巻,藤原仲実(なかざね)の《綺語(きご)抄》3巻,藤原清輔(きよすけ)の《奥儀(おうぎ)抄》3巻(天治~天養期(1124‐45)ころ成立),顕昭の《袖中(しゆうちゆう)抄》20巻(文治期(1185‐90)ころ成立),藤原範兼(のりかね)の《和歌童蒙(どうもう)抄》10巻(1135‐55(保延1‐久寿2)の間に成立)などの中には,歌語を集めて意味分類をし,それに解釈を加えた部分が含まれている。
[鎌倉・室町時代]
平安時代の辞書の影響を受けながら,多くの辞書が新しく編まれた。…
※「能因」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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