家庭医学館 の解説
のうしんけいのはたらきのおとろえとしょうじょうしっかん【脳、神経のはたらきの衰えと症状、疾患】
中年を過ぎると、脳・神経細胞の微細構造に変化がおこり(変性(へんせい))、異常なたんぱく質が沈着し、やがて、細胞(さいぼう)が少しずつ脱落して、全体が萎縮(いしゅく)していきます。それにつれて、脳・神経の機能も少しずつ衰えていきますが、老年期に入ると一層、著しくなります。これが、脳・神経の老化です。
脳・神経の機能を保つためには、適量のぶどう糖と酸素が絶対に必要です。たとえば、糖尿病(とうにょうびょう)のように血糖値(けっとうち)(血液中のぶどう糖濃度)がひどく変動したり、あるいは動脈硬化(どうみゃくこうか)が進んで血液の循環が悪くなり、十分な酸素が供給されなくなると、脳・神経の細胞は機能が低下して、老化が急速に進むことになります。
老化した脳・神経系は、機能が落ちると同時に、いろいろな病気の影響を受けやすくなります。たとえば、心臓・肺・肝臓・腎臓の病気、ホルモンの異常(甲状腺(こうじょうせん)の病気など)、膠原病(こうげんびょう)、がん、感染症などによって、脳・神経が障害を受けることもしばしばあります。しかも回復が遅れ、重症になりやすくなります。
◎中枢神経(ちゅうすうしんけい)(脳と脊髄(せきずい))の障害
●生理的な変化
年をとると、物忘れ、緩慢(かんまん)な動作、不眠(ふみん)などが目立つようになります。見聞きした直後は頭に入るのですが、それを記憶にとどめることがむずかしく、物忘れになるのです。動作が緩慢になるのは、感覚が鈍くなり、判断・反応に時間がかかるためですが、失敗を恐れて、慎重になるのも原因です。
不眠が悩みの種になります。寝つきが悪く、寝てもすぐに目覚め、夢をみなくなるのが特徴です。
●病的な変化
脳卒中(のうそっちゅう)(脳梗塞(のうこうそく)、脳内出血(のうないしゅっけつ))、認知症、パーキンソン病がその代表です。
■脳梗塞(「脳梗塞(脳軟化症)」)
脳卒中のうち、脳の血管がつまって、その先へ血液が流れなくなるのが脳梗塞です。これには、動脈硬化(どうみゃくこうか)が進んで、血管の内腔(ないくう)が徐々に狭くなり、そこに血栓(けっせん)(血液のかたまり)ができてつまる脳血栓(のうけっせん)と、心臓に発生した血栓が脳にまで流れてきて血管につまる脳塞栓(のうそくせん)とがあります。
脳塞栓は、心房細動(しんぼうさいどう)(「心房細動」)という治療のむずかしい不整脈(ふせいみゃく)が原因でおこり、突然発症して、脳の障害の大きいのが特徴です。
■脳内出血(のうないしゅっけつ)
脳卒中のうち、脳の血管が破れて出血するのを脳内出血といい、脳出血(のうしゅっけつ)(「脳出血(脳溢血)」)とくも膜下出血(まくかしゅっけつ)(「くも膜下出血」)とがあります。
脳出血は、高血圧が大きくかかわって発症するもので、年齢が高い人ほどおこりやすく、男性に多くみられます。高齢者の脳出血のなかで注目されているのがアミロイドアンギオパチーです。これは、アミロイド糖たんぱくが沈着するために血管が弱くなり、破れて出血するもので、高血圧でなくてもおこります。
くも膜下出血は、動脈の一部が弱くなってふくれ(動脈瘤(どうみゃくりゅう))、そこが破裂するもので、女性におこりやすく、高齢者ほど重症になります。
■認知症(老化にともなう心の病気の「認知症と老人ぼけ」)
健忘(けんぼう)が中心症状で、あらゆる精神活動が徐々に低下していきます。最初、社会生活に支障をきたすようになり、ついで、日常生活も困難となり、やがて、無自覚、無反応の寝たきり状態になります。
認知症は、老化にかかわりが深く、原因のわからないアルツハイマー型認知症と、脳梗塞や脳出血がくり返しおこって脳全体が障害されておこる脳血管性認知症とがあります。日本には、脳血管性認知症が多いといわれてきましたが、高齢者が増えると、両方の合わさった混合性認知症が増えると考えられます。
■パーキンソン病(「パーキンソン病(特発性パーキンソニズム)」)
年齢が高くなるにつれて、脳細胞が変性する病気がおこりやすくなってきます。パーキンソン病は、脳の運動の調整機能が障害されておこるもので、震(ふる)え、筋肉の硬直(こわばり)、運動の減少が目立ち、食後の低血圧などの自律神経(じりつしんけい)障害がみられます。認知症へと進むこともあります。原因は不明ですが、薬物療法が進歩しています。
■老人性振戦(ろうじんせいしんせん)(「本態性振戦(老人性振戦/家族性振戦)」)
パーキンソン病によく似た病気に老人性振戦があります。ひどい震えがおこりますが、震えはからだの一部にとどまることが多く、効果のある薬もあります。
■その他の脳の病気
感染症にともなう発熱・脱水のほか、糖尿病(とうにょうびょう)・尿毒症(にょうどくしょう)・肝硬変(かんこうへん)にともなう血液の糖、アミノ酸、電解質(でんかいしつ)異常のために意識障害がおこることもしばしばです。
■脊髄(せきずい)の病気
下半身のまひ、排尿・排便障害がおこりますが、脊髄そのものの病気よりも、変形性脊椎症(へんけいせいせきついしょう)(「変形性腰椎症(腰部変形性脊椎症)」)、腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)(「腰部脊柱管狭窄症」)、がんの椎骨(ついこつ)転移などで脊髄が圧迫されておこることが多くなります。
◎末梢神経(まっしょうしんけい)の障害
末梢神経の障害は、糖尿病、尿毒症、薬剤の副作用、がん、感染症、栄養障害、膠原病(こうげんびょう)などの内臓の病気の影響でおこりますが、特別な病気がなくても、食事の量や種類の不足・偏(かたよ)り、飲酒の常習などの日常的な要因でおこります。
末梢神経障害の症状には、つぎの3つがあります。
■知覚(ちかく)障害
しびれ、にぶさ、痛み(神経痛(しんけいつう))が中心です。
しびれは、ジンジン、ピリピリなどの耐えがたい不快感で、不機嫌から不穏(ふおん)へと進み、深刻になります。
にぶさは、とくにバランスにかかわる深部知覚の障害が問題で、よろけ、転倒につながります。
神経痛は、脳底動脈(のうていどうみゃく)の動脈硬化による三叉神経痛(さんさしんけいつう)、頸椎(けいつい)の変形による後頭神経痛(こうとうしんけいつう)、胸椎(きょうつい)の変形による肋間神経痛(ろっかんしんけいつう)、腰椎(ようつい)の変形による坐骨神経痛(ざこつしんけいつう)がよくみられます。
■運動障害
筋肉がやせ細って力が入らなくなります。そのため、疲れがひどく、痛みをともなうこともあります。
■自律神経(じりつしんけい)障害
起立性低血圧(きりつせいていけつあつ)(立ちくらみ)、脈拍(みゃくはく)の変化(徐脈(じょみゃく)、頻脈(ひんみゃく))、便秘・排尿障害(大小便の失禁(しっきん)、尿閉(にょうへい)、頻尿(ひんにょう))、発汗の異常(多汗(たかん)、無汗(むかん))などがおこります。