能の曲名。四番目物。観阿弥作。シテは自然居士。京都の雲居寺(うんごじ)では,造営の資を募るために,自然居士の説法が行われている。その席へ幼い子ども(子方)がやってきて,両親の追善のためにと小袖を捧げるので,人々はその孝心に感じる。ところがそこへ荒々しい男たち(ワキ・ワキヅレ)が侵入し,説法の世話役(アイ)の制止も聞かずに子どもを連れ去る。その報告を受けた居士は,子どもが小袖を身の代にして自分を売ったのだと気付き,説法を切り上げて男たちの跡を追う。琵琶湖の大津で舟出しかけた人買舟に追い付いた居士は,小袖を返すから子どもを戻してくれと言う。はじめは応じなかった人買たちも,居士の弁舌に言い負かされたうえ,舟に座りこんで動かない居士をもてあまし,舞を見せたら子どもを返そうということになる。芸達者な居士が,説法の合い間に舞など舞って聴衆を喜ばしていたことが,知れ渡っていたためである。居士は,舟出を祝う曲舞(くせまい)(〈クセ〉)をはじめさまざまな芸能を見せた末,子どもを連れ帰る。芸尽くしの能で,後半には中ノ舞・クセ・簓(ささら)ノ段・羯鼓(かつこ)と,とりどりの舞があるが,居士と人買いの長いやりとりにも,観阿弥らしいせりふのおもしろさがあって,盛り上りを見せている。
執筆者:横道 万里雄
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能の曲目。四番目物。五流現行曲。観阿弥(かんあみ)の作。創成期の能の活力に満ちた名作。雲居寺(うんごじ)造営のため七日の説法をする自然居士(シテ)に、小袖(こそで)を捧(ささ)げて父母の追善を請う少女(子方。流儀によっては少年)があった。それを荒々しい人買い(ワキ、ワキツレ)が引っ立てていく。寺男(アイ)が制止するが効き目がない。自らの身を売って親の供養を願う少女を救い出そうと、自然居士は後を追い、琵琶(びわ)湖のほとりでこぎだす舟を止めて、小袖と少女の交換を迫る。脅迫にも屈しない自然居士に閉口した人買いは、さんざんに恥を与えてから返そうと、次々に余興の舞を所望する。自然居士はさまざまの舞を繰り広げ、少女を救い出して都へ帰っていく。能には珍しく俗語を駆使した緊迫の問答のおもしろさは、作者観阿弥の独壇場である。クセ舞、中の舞、ささらの舞、羯鼓(かっこ)の舞と中世の芸能尽くしも、当時の観客の要望にこたえるものであった。観阿弥は大男であり、中年を過ぎた年齢ながら、この曲を演ずると10代の美少年にみえたと、息子の世阿弥(ぜあみ)が賛嘆を込めて書き残している。世阿弥の伝書に記載のある説法を述べている場面も、近年復活して上演されるようになった。
[増田正造]
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(松岡心平)
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…能では一曲のうちに〈問答〉という謡事(うたいごと)小段をもつ曲があり,とくに現在能では現在進行形の緊迫した対話で,一曲を進める場合もある。たとえば,《自然居士(じねんこじ)》などがそれで,ワキの人買いとの問答により,シテの自然居士がさまざまな雑芸を披露してみせる。また夢幻能におけるワキとシテの問答には,信仰の場における託宣(たくせん)の形式が根底をなしているともいわれる。…
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