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芥川城 あくたがわじょう

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日本の城がわかる事典の解説

あくたがわじょう【芥川城】

大阪府高槻市大字原にあった山城(やまじろ)。戦国時代に三好氏の畿内進出の拠点となった城。芥川城は、室町幕府の管領細川高国(たかくに)が西国勢と北摂武士団への備えとして配下の能勢頼則(のせよりのり)に命じて築いた城砦に始まる。能勢氏の後、管領細川晴元(はるもと)の支配下に入った。本格的な山城となったのは、1553年(天文22)、阿波徳島から攻め上がってきた三好長慶(ながよし)が細川晴元を擁し入城したときといわれる。険しい地形を巧みに利用して本丸・出丸・東曲輪(くるわ)群を配し、土橋や土塁(どるい)・石垣を構築して巨大な山城とした。その後、長慶は晴元を追放、1560年(永禄3)に河内(大阪府)飯盛山城(いいもりやまじょう)に移るまで、長慶の居城となった。続いて長慶の子義興が城主になるが1563年(永禄6)に死去、1568年(永禄11)に織田信長が摂津へ侵攻し、細川昭元(あきもと)、三好長逸(ながやす)らが籠城する芥川城を落とした。和田惟政(これまさ)が城主となったが、翌年高槻城へ移り、芥川城は廃された。土塁や石垣、堀切などの遺跡がよく残っている。JR東海道本線高槻駅からバスで塚脇下車、徒歩15分。◇芥川山城(あくたがわさんじょう)とも記述される。

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百科事典マイペディアの解説

芥川城【あくたがわじょう】

摂津国島上(しまかみ)郡芥川(現,大阪府高槻市)にあった城。初めは西国街道芥川宿を本拠とした鎌倉幕府御家人芥河(川)氏の居館。芥川氏は南北朝期には安満(あま)庄を根拠に北摂国人一揆(こくじんいっき)を形成した。

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世界大百科事典 第2版の解説

あくたがわじょう【芥川城】

摂津国北東部の要地,島上郡芥川宿(現,大阪府高槻市)付近にあった城。芥川宿を本拠とし,鎌倉幕府の御家人南北朝時代以降は代表的な国人であった芥河(川)氏の居館か,同時に城館でもあったと推定される第1期芥川城(平城)と,背後の山地,通称三好山に築かれた第2期芥川城(山城)がある。芥河氏の本家は応仁の乱中に滅亡し城館もいったん荒廃したが,その後細川政元が再建をめざし,被官の能勢頼則を配した。頼則はついで1516年(永正13)ごろ〈新城〉として山城を築いたことは,連歌師宗長の句(《那智籠》)によって確認される。

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