草戸千軒(読み)くさどせんげん

改訂新版 世界大百科事典 「草戸千軒」の意味・わかりやすい解説

草戸千軒 (くさどせんげん)

古代末期から中世にかけて芦田川河口近くに形成された集落跡で,広島県福山市草戸町に所在する。遺跡の範囲は,旧市街地南西部を北から南へ貫流して瀬戸内海に注ぐ芦田川の河底に孤立している遺跡包蔵中州および河川敷外の現市街地にも広がって数十万m2に達すると推定されている。草戸千軒の名は江戸時代中期に著された《備陽六郡志》や後期の《西備名区》および《福山志料》といった地誌類に見えるだけで,しかも1673年(延宝1)の洪水で壊滅した様子が記されているにすぎず,町の性格,構造,規模等については不明な点が多い。

 遺跡が発見される契機となったのは1928年に始まった芦田川の改修工事で,出土遺物や関連する文献史料を通して先駆的な研究がなされ,61年から発掘調査を実施,73年には現地福山市に広島県教育委員会の付属機関として草戸千軒町遺跡調査所(現,調査研究所)を設置して遺跡包蔵中州6万3000m2を15年で完掘するという大規模な調査を継続して行っている。調査は81年度の第30次調査までに約6割が終了している。これまでに検出したおもな遺構には,無数の掘立柱柱穴や石敷道路,町割りとも考えられる柵,縦横に巡ったり環濠状を呈した溝,ごみ捨穴その他に使用したと思われる土壙,池,150基にもおよぶ井戸などがあって,いわば〈柵と溝に囲まれた町〉とも言える様相を呈している。出土する遺物も土製品,木製品,金属製品,石製品,動植物遺体などさまざまで,土師(はじ)質土器や青磁白磁杓子漆器などの飲食具,包丁,すり鉢,土鍋,備前常滑(とこなめ)焼壺・甕など調理・貯蔵用具をはじめ櫛や下駄などの服飾具,ふいごの羽口,土錘,犂先など生産用具,古銭・木簡など商業関係資料,塔婆位牌,呪符など信仰・呪術資料などがあって中世における地方都市隆盛一端と庶民のいぶきをかいま見ることができる。

 従来,草戸千軒は遺跡西側山麓に建立されていた常福寺(現,明王院。国宝)の門前町とも,当時奥深く湾入していた福山湾西岸の港町とも推定されてきた。現在までの調査・研究から見るかぎりこのいずれとも決しがたいが,遺跡の後背地には1141年(永治1)ころ藤原惟方から歓喜光院に寄進され,のち八条院や昭慶門院など諸皇室に伝領され,領家職が安居院悲田院であった長和荘があり,またこのあたりのことと思われる地名,すなわち草津・草井地・草出(くさいつ)・草出津など港ないし市場を想起させる地名が散見し,出土木簡の中にも〈きのしやう〉や〈さかへ〉など近隣の地名の記されたものがあることからみて,長和荘の年貢積出港として成立し,その後近隣諸村の集散地的な役割を果たしていたものと推定される。出土遺物から推すと分業関係はかなり進んでいたものと思われる。時期的には平安時代から室町時代,最盛期は室町時代中期であったことがうかがえるが,河口の南下と干拓のため近世初頭には衰退に向かったようである。
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山川 日本史小辞典 改訂新版 「草戸千軒」の解説

草戸千軒
くさどせんげん

中世,備後国にあった町。現在の広島県福山市の芦田川河口中州にあった常福寺(現,明王院)の門前市場町の遺跡。「備陽六郡誌」には1673年(延宝元)町が洪水で壊滅したとある。昭和初期の河川改修工事により中州が川床となって遺跡の破壊が進むため,1961年(昭和36)から発掘調査が行われた。平安末期を最下層に,鎌倉・室町時代の遺跡が重なる。室町後期の町の床面は保存状態がよく,堀と柵に囲まれ,東西南北に走る石敷きの道路を挟んで町屋が建ち並ぶようすがわかる。庶民の日常生活を彷彿させる大量の遺物が出土。出土品は重文。

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百科事典マイペディア 「草戸千軒」の意味・わかりやすい解説

草戸千軒【くさどせんげん】

広島県福山市明王院門前の芦田川中州にある中世都市遺跡。本来は芦田川の河口近くに形成されていた都市で,昭和初年から芦田川改修工事が行われた際に報告され,1961年以降発掘調査。町家の遺構,道路,多数の中国産および国産陶磁器が出土。
→関連項目芦田川

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世界大百科事典(旧版)内の草戸千軒の言及

【木簡】より

…それらの遺跡から出土するものでは柿経(こけらぎよう)や呪符が一般的にみられるものだが,そのほか遺跡により特別な内容の木簡が出土することがある。その好例は広島県草戸千軒遺跡である。継続的な発掘調査が行われている同遺跡は,中世の港町が河底に埋もれたものである。…

※「草戸千軒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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