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蒲松齢 ほしょうれいPu Song-ling

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

蒲松齢
ほしょうれい
Pu Song-ling

[生]崇禎13(1640)
[没]康煕54(1715)
中国,清初の小説家。山東省 淄川 (しせん) 県の人。字,留仙,剣臣。号,柳泉居士。早くから文名があり,施閏章王士禎に認められていたが,郷試には落第を続け,ついに挙人になれなかった。その間,同県の名士の幕客や家塾の教師となって生計を立て,その後息子の成長を待って自適の生活に入り,76歳で没した。文語怪異小説集の傑作『聊斎志異 (りょうさいしい) 』のほか,『婚嫁全書』『日用俗字』『農桑経』などの著がある。長編小説醒世姻縁伝』の著者西周生は蒲松齢であるとされるが,確実ではない。

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デジタル大辞泉の解説

ほ‐しょうれい【蒲松齢】

[1640~1715]中国、清代の文人。淄川(しせん)(山東省)の人。字(あざな)は留仙または剣臣。号、柳泉居士。怪異小説集「聊斎志異(りょうさいしい)」の著者。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほしょうれい【蒲松齢 Pú Sōng líng】

1640‐1715
中国,清代初期の文人。字は留仙,号は柳泉,斎号を聊斎(りようさい)といった。中国の文語体の怪異小説の傑作集《聊斎志異》の作者として不朽の文名を残した。山東淄川(しせん)県(現,淄博(しはく)市)の蒲家荘で蒲槃(ほはん)の四男として生まれ,父から読書人としての教育を受けたが,その文学的才能は兄弟中で最もすぐれていて,19歳で受験した童子試では,県・府・道の三試に続けて首席で合格し,当時の大詩人施閏章(しじゆんしよう)に認められ,大いに文名があがった。

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大辞林 第三版の解説

ほしょうれい【蒲松齢】

1640~1715) 中国、清代の文人。字あざなは留仙・剣臣、号は柳泉居士。著に怪異小説集「聊斎志異」、農業・医薬の通俗読物「農桑経」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

蒲松齢
ほしょうれい
(1640―1715)

中国、清(しん)初の文学者。字(あざな)は留仙(りゅうせん)または剣臣(けんしん)、号は柳泉(りゅうせん)。山東省済南(さいなん)(しせん)県蒲家荘(ほかそう)(現在の(しはく)市)に生まれる。卓抜な文才をもち、19歳で童子試の県試、府試、院試に連続して首席合格し秀才となったが、その後の郷試は何回受験したか正確には不明だが合格できなかった。彼の遺文を読むと、いつまでも功名の念を捨てられなかったその姿が浮かび上がる。33歳から70歳まで同県の権勢家の家塾の教師を務めるかたわら、読書と多くの著述に専念し、なかでも中国文語小説史上の最高傑作『聊斎志異(りょうさいしい)』によって不朽の文名を残した。71歳でやっと貢生(こうせい)になったにすぎず、知識人としては不遇の一生を送った。[藤田祐賢]
『大阪市立大学中国文学研究室編『中国の八大小説』(『「聊斎志異」の作者と時代』所収・1965・平凡社)』

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