ドイツの言語学者フォスラーの思想を範として、1930年代に小林英夫(ひでお)の提唱した学問。文章に表れた作者の個性としての文体を研究する。ことばの美的な質を扱う古典的な学問としての詩学やとくに修辞学は、模範的作例の検討を含んでいたが、それらの作例を作者の精神世界の表現とみることはなかった。そのような見方は、近世的自我の自覚の所産であり、フランスの植物学者ビュフォンのことば「文は人なり」Le style est l'homme même.をもってその標語とした。この個性尊重の近代思潮のなかで生まれてきたのが文体論であるが、20世紀思想の変遷のなかで、個性の表現としての文体という概念は生き残ったものの、その専門的学科としての言語美学は独立性を得るに至らなかった。フォスラーやその弟子のシュピッツァーは言語学的文学研究の興隆に重要な寄与をなしたが、現在の文学研究の主流は、むしろ新批評や構造主義の系列に属し、新たな意味で詩学や修辞学を標榜(ひょうぼう)する客観的分析のほうにあり、さらには受容美学や一部の記号論のように、読者の役割を重視する方向に展開している。
[佐々木健一]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報