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誉田八幡宮 こんだはちまんぐう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

誉田八幡宮
こんだはちまんぐう

大阪府羽曳野市にある元府社。祭神応神天皇仲哀天皇神功皇后。永享年間 (1429~41) 成立の社伝では欽明天皇が応神天皇の霊廟を造り,行幸したのが始りとされ,後冷泉天皇のときに現在地に移したと伝えるが,実際には河内守清原頼隆が長久5 (1044) 年に建立した三昧堂がその前身と考えられる。永承1 (46) 年に国守源頼信が源氏の祖先として加護を願って以来,源氏,武門のあつい崇敬を受けた。建久7 (1196) 年に源頼朝が社殿を造営した際に奉納したと伝えられる『塵地螺鈿金銅装神輿』と,嘉永1 (1848) 年に応神天皇陵陪塚である誉田丸山古墳から出土した5世紀の『金銅透彫鞍金具』を所蔵し,いずれも国宝。神輿は鎌倉時代初期の様式を強く示す数少い遺例として貴重。また鞍金具は実用性の高い姿のもので他に類例の乏しいものである。

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デジタル大辞泉プラスの解説

誉田(こんだ)八幡宮

大阪府羽曳野市にある神社。創祀は不明。祭神は応神天皇。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

誉田八幡宮
こんだはちまんぐう

大阪府羽曳野(はびきの)市誉田(こんだ)に鎮座。主神は誉田別命(ほんだわけのみこと)で、帯中彦命(たらしなかつひこのみこと)、住吉大神を配祀(はいし)。「誉田(ほんだ)」を「誉田(こんだ)」と称するのは、後世の転訛(てんか)。誉田宗(そうびょう)、誉田神社とも。欽明(きんめい)天皇の勅命による創建と伝える。社地は応神(おうじん)天皇(誉田別命)の御陵(誉田山古墳が指定される)のすぐ近くで、天皇居住の地という。皇室、武家の崇敬が厚く、建久(けんきゅう)年間(1190~99)源頼朝(よりとも)は社殿を造営し社領などを寄進。天正(てんしょう)年中(1573~92)織田信長は社領を没収し、衰運の傾向を示したが、豊臣(とよとみ)秀吉、ついで徳川家康が社領を寄進、ふたたび隆盛をみた。旧府社。国宝の塵地螺鈿金銅装神輿(ちりじらでんこんどうそうしんよ)および金銅透彫鞍金具(すかしぼりくらかなぐ)(付金銅轡鏡板(くつわかがみいた)ほか3点)をはじめ、国の重要文化財の『神功(じんぐう)皇后縁起』(紙本着色、永享(えいきょう)7年=1435の奥書あり)2巻、『誉田宗縁起』3巻など宝物は多い。例祭日9月15日の夜には神輿(みこし)が応神天皇陵へ渡御する。[三橋 健]

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