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誉田八幡宮 こんだはちまんぐう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

誉田八幡宮
こんだはちまんぐう

大阪府羽曳野市にある元府社。祭神は応神天皇仲哀天皇神功皇后。永享年間 (1429~41) 成立の社伝では欽明天皇が応神天皇の霊廟を造り,行幸したのが始りとされ,後冷泉天皇のときに現在地に移したと伝えるが,実際には河内守清原頼隆が長久5 (1044) 年に建立した三昧堂がその前身と考えられる。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

誉田八幡宮
こんだはちまんぐう

大阪府羽曳野(はびきの)市誉田(こんだ)に鎮座。主神は誉田別命(ほんだわけのみこと)で、帯中彦命(たらしなかつひこのみこと)、住吉大神を配祀(はいし)。「誉田(ほんだ)」を「誉田(こんだ)」と称するのは、後世の転訛(てんか)。誉田宗(そうびょう)、誉田神社とも。欽明(きんめい)天皇の勅命による創建と伝える。社地は応神(おうじん)天皇(誉田別命)の御陵(誉田山古墳が指定される)のすぐ近くで、天皇居住の地という。皇室、武家の崇敬が厚く、建久(けんきゅう)年間(1190~99)源頼朝(よりとも)は社殿を造営し社領などを寄進。天正(てんしょう)年中(1573~92)織田信長は社領を没収し、衰運の傾向を示したが、豊臣(とよとみ)秀吉、ついで徳川家康が社領を寄進、ふたたび隆盛をみた。旧府社。国宝の塵地螺鈿金銅装神輿(ちりじらでんこんどうそうしんよ)および金銅透彫鞍金具(すかしぼりくらかなぐ)(付金銅轡鏡板(くつわかがみいた)ほか3点)をはじめ、国の重要文化財の『神功(じんぐう)皇后縁起』(紙本着色、永享(えいきょう)7年=1435の奥書あり)2巻、『誉田宗縁起』3巻など宝物は多い。例祭日9月15日の夜には神輿(みこし)が応神天皇陵へ渡御する。[三橋 健]

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