警察国家(読み)ケイサツコッカ(その他表記)police state
Polizeistaat[ドイツ]

デジタル大辞泉 「警察国家」の意味・読み・例文・類語

けいさつ‐こっか〔‐コクカ〕【警察国家】

警察権力をもって国民生活のすみずみまで監視・統制する国家体制。
17~18世紀に強権をもって国民経済の建設と国民の福祉をはかったヨーロッパの絶対君主政体の国家の称。→法治国家
[類語]法治国法治国家

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精選版 日本国語大辞典 「警察国家」の意味・読み・例文・類語

けいさつ‐こっか‥コクカ【警察国家】

  1. 〘 名詞 〙 絶対主義時代のドイツ・オーストリアでみられたように、君主の大権が内政全般にわたり、恣意的・治安政策的な警察権の行使によって統治された国。転じて、警察力をほしいままに行使して国民生活を監視、統制するような国家の体制。警察国。〔最新百科社会語辞典(1932)〕

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改訂新版 世界大百科事典 「警察国家」の意味・わかりやすい解説

警察国家 (けいさつこっか)
police state
Polizeistaat[ドイツ]

歴史的には,ドイツ・オーストリアにおける絶対主義時代の国家のあり方を示す言葉。転じて,警察が,市民の日常生活のすみずみにまで介入・干渉するような国家のこと。警察国家の観念は,16世紀半ばから18世紀末にかけてドイツ・オーストリアに発達した官房学Kameralwissenschaftのなかから,当時のプロイセンに典型的な絶対君主を後見人とする国家が〈公共の福祉〉の名のもとに〈一切の内的事務の処理〉にあたり国民に恩恵をほどこすという警察学Polizeiwissenschaftが生まれてくることによって形成された。その根本思想は〈幸福促進主義的福祉国家観eudämonistische Wohlfahrtstaatstheorie〉とも呼ばれるように,国家行政機関・官吏が君主の権威を自己に反射させて国民に対して何事をもなしうるとするものであり,名目的には農業・土木・教育振興等慈恵的なものであったが,その内実は絶対君主に対する一切の批判・抵抗を排除・挫折せしめる治安国家的なものであった。18世紀のユスティJ.H.G.von Justi(1705-71)の著書《警察学Grundsätze der Polizeiwissenschaft》(1756)が,こうした警察国家観の頂点であり,19世紀に入ってL.vonシュタインの行政学により警察概念が憲政と行政とに二分されて以後,恣意的行政としての警察国家観念は近代法の規制を受ける下位概念に転化していく。この絶対主義時代の恣意的・治安政策的な国家権力の行使様式から転じて,近代国家についても,国家権力,とくに文字どおりの警察官吏の権力が国民生活のなかに日常的に入りこむ状態を,警察国家と呼ぶ場合がある。ドイツ的行政観念が支配的であった第2次大戦前の日本の天皇制国家は,警察官が〈天皇の官吏〉として国民を監視・干渉・抑圧してきたため,警察国家的特徴をそなえていた。また,戦後の警察官職務執行法(警職法)改正の試みに対しては,反対勢力の側から〈警察国家の再来〉という批判がなげかけられた。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「警察国家」の意味・わかりやすい解説

警察国家
けいさつこっか
police state 英語
Polizei Staat ドイツ語

一般には、近代的な統一国家の建設を目ざして強権的な政治を遂行していた君主制諸国家、とくに18、19世紀におけるプロイセンの開明専制君主の統治下にあった国家をさす。プロイセンでは君主を中心とする官僚群(官房)が、封建的な領邦君主たちによる分権支配を打破し、そのため重商主義と富国強兵策を併用しつつ各種の福祉・保護行政によって国内産業を育成し、国民経済と国民国家の確立を図った。そして、このような治安・福祉行政を当時、ヘーゲルも述べているように警察(Polizeiポリツァイ)とよんだ。しかし、プロイセンではいまだ人権保障や民主的な政治制度が確立されていなかったから、この警察国家の思想も実際には「公共の福祉」を名目として国家による国民生活への干渉を合理化する根拠となった。こうしてプロイセンでは、国家の政策を批判しそれに反対する思想や運動を抑圧し、人権や自由を制限する封建的色彩の強い政治が行われた。今日、警察国家といえば、残忍な思想弾圧を行った思想警察(日本の特高警察、ナチスの秘密国家警察=ゲシュタポ)下にあった第二次世界大戦前の日本やナチス・ドイツを思い起こすのはこのためである。

 しかし、戦後、これらの国々では民主主義が確立され、警察の権限を治安と秩序維持の作用に限定する自由主義的な考え方が登場するなかで、警察国家ということばも、しだいに消失しつつある。

[田中 浩]

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知恵蔵 「警察国家」の解説

警察国家

政府が国民1人ひとりの思想や行動を監視し、権力を維持するために自由を取り締まるような体制を警察国家と呼ぶ。警察国家は監視国家でもある。思想、宗教、学問、表現などの自由が確立していなかった時代、政府は自らに敵対する思想、表現を弾圧した。戦前の日本も治安維持法の下で警察国家という性格を持っていた。また、イギリスの作家ジョージ・オーウェルは『1984年』という小説の中で、国家が個人の思想内容を完全に管理する全体主義支配の究極の姿を描いた。第2次世界大戦後の先進民主主義国では、民主主義と基本的人権が確立し、警察国家は過去のものとなったように見えた。しかし、国際的なテロの脅威の高まりや、治安の悪化に対応して、警察力の強化によって秩序を守るべきだという声が高まってきた。また、社会の安全を守るためには個人の権利やプライバシーが多少制約されても仕方がないという感覚が人々の間に広まりつつある。こうした風潮の中、日本では反戦ビラを郵便受けに入れただけで住居侵入のかどで逮捕されるという事件まで起こった。さらに2005年からは、犯罪の実行を話し合っただけで罪となる共謀罪の新設も国会で審議されている。個人の権利を抑制する政府の行動が必要、適切なものかどうかを厳しくチェックすることは、今でも重要な課題である。

(山口二郎 北海道大学教授 / 2007年)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「警察国家」の意味・わかりやすい解説

警察国家
けいさつこっか

警察が国民の監護・干渉を担当する国家形態。絶対主義の時代には,君主が国民に対して後見的監護によって公共の福祉を実現することを目指した。今日普通にいわれる警察国家とは,現代国家において国家の後見的監護が個人生活への過度の干渉に走り,官憲的権威を振りかざすようになった国家をさすのである。

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世界大百科事典(旧版)内の警察国家の言及

【福祉国家】より

…福祉国家とは,このような理念に基づき,国民全体の福祉向上のために,政府がより積極的な役割を果たしている体制を備えている国家をいうのである。このため福祉国家は,すべての財貨・サービスが市場を通じて自由に交換され,生産能力に応じて分配されて政府の役割を最小限度に制約している自由放任型の夜警国家と異なっているばかりでなく,財貨・サービスの生産や分配に積極的に政府が介入しているが,市民的自由を大幅に制限している全体主義的な独裁型の警察国家ともその本質を異にしている。政治的・社会的自由と民主主義は福祉国家の不可欠の要素である。…

※「警察国家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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