質量分析(読み)シツリョウブンセキ(英語表記)mass analysis

デジタル大辞泉 「質量分析」の意味・読み・例文・類語

しつりょう‐ぶんせき〔シツリヤウ‐〕【質量分析】

加速したイオンが電場や磁場の中を通るときに、その電荷質量との比に応じて進路が曲がることを利用した分析法。同位体の区別・定量などに用いられる。マススペクトロメトリー(MS)。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「質量分析」の意味・わかりやすい解説

質量分析
しつりょうぶんせき
mass analysis

物質をイオン化し、電場磁場との相互作用を利用して原子や分子の質量の違いによって分析する方法。

歴史

1912年、J・J・トムソンが質量測定から同位体(アイソトープ)を発見したのを始まりに、1920年代には弟子のF・W・アストンが速度収束質量分析器の製作に成功し、これにより既知元素のほとんどに同位体が存在することがわかった。アストンはこれらの業績により22年にノーベル化学賞を受けた。アストンの同位体の研究にはガス放電イオン化法が偉力を発揮したが、ほとんど同時期に電子衝撃イオン化法(EI)が、デンプスターArthur Jeffrey Dempster(1886―1950)によって開発された。質量分析では試料を気相のイオンにすることが必須(ひっす)であり、さまざまなイオン化法が開発・改良されてきた。質量分析発展の歴史は新しいイオン化法の開発の歴史といえる。

 1935年には、それまで困難であった固体の鉱物や金属のイオン化がアーク放電イオン化法の開発で可能となり、同位体測定に基づいた地質年代測定法が確立された。有機炭化水素への応用は1940年代に始まり、その後の石油化学工業の発展を陰で支えた。1950年代には加熱試料導入法が開発され、また、直接固体試料導入法から固体有機分子の分析への道が開かれた。1960年代にはガスクロマトグラフ(GC)と質量分析装置(MS)とを結合したガスクロマトグラフ質量分析装置(GCMS)が開発され、多成分系の試料が容易に分析できるようになった。質量分析計はイオン化室で生成したイオンを質量分析部で質量/電荷の大きさの順に分離するが、この部分はつねに排気されて高真空に保たれている。したがって、無機物質のように高真空下でイオン化がむずかしいものはイオンを安定的に質量分析計に導入することが困難であった。しかし、1970年代に二次イオン質量分析法(SIMS)、グロー放電質量分析法(GDMS)、レーザーアブレーション(LA)、誘導結合プラズマ質量分析法(ICPMS)その他、種々の無機物質のイオン化法が実用化されるようになり、今日では金属材料、半導体、環境計測などの分野では必要不可欠の手段となっている。

 生体成分も不揮発性でEIによるイオン化法が適用できないものが多いが、1981年に高速原子衝撃(FAB)法が開発され、分子量が数千のペプチドや糖類の測定が可能となった。1985年にはJ・B・フェンによるエレクトロスプレーイオン化(ESI)、1987年には田中耕一らによるマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)などの手法が開発され、分子量が数万から十万を超す生体高分子などの分子量測定が可能となった。フェンと田中は「生体高分子の質量分析法のための脱離イオン化法の開発」の業績で2002年ノーベル化学賞を受賞した。それまでむずかしいとされていたタンパク質などの分子量測定が、微量でしかも短時間で可能となり、生命科学の分野ではなくてはならない装置として使われている。

[高田健夫]

イオン化法の種類

イオン化法の種類には、以下のようなものがある。

(1)電子衝撃による方法=電子衝撃イオン化法(EI)
(2)粒子衝撃による方法=高速原子衝撃(FAB)、二次イオン質量分析法(SIMS)
(3)レーザー照射による方法=マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)、レーザー脱離イオン化(LD)
(4)化学反応による方法=化学イオン化(CI)、大気圧(化学)イオン化(API
(5)電場による方法=電界イオン化(FI)、電界脱離イオン化(FD)、表面電離イオン化(SI)、グロー放電イオン化(GD)、誘導結合プラズマイオン化(ICP)
(6)噴霧法=エレクトロスプレーイオン化(ESI)、サーモスプレーイオン化(TSI)、ソニックスプレーイオン化
 どのイオン化法を用いるかは、測定しようとする試料の性質により、得られる質量スペクトルのパターンもイオン化法式に依存する。

[高田健夫]

質量分離方式

イオン化室で生成したイオンは質量分析部で質量/電荷の比に応じて分離する。この部分は高い真空度に保たれており、イオンが気体分子と衝突せずに通過できるように設計されており、大別して、電磁場との相互作用を利用する方式と運動速度の差を利用する方式とがある。前者のうち、磁場のみのものを単収束型、電場と磁場の両方をもつものを二重収束型という。単収束型の場合、イオン化室での加速電圧V、質量分析部の磁場強度H、イオンが通過する円弧状の経路の半径rと、イオンの質量mと電荷zとの比の間には、m/zH2r2/2Vの関係が成り立つ。ある型の装置では半径や磁場強度が固定されているので、適当なm/z比をもったイオンだけがここを通過できる。それ以外のイオンは分析室の内壁にぶつかり電荷を失って、電荷をもたない気体分子として系外へ排気される。イオンを収束させるには加速電圧を変えるか磁場強度を変えることによって行われる。また、電場のみとの相互作用を利用した代表的なものは四重極型である。イオンの運動速度の差を利用した方式を飛行時間型(TOF)という。イオン化室で一様な電場でイオンを加速すると、イオンはひとかたまりのイオンの集団として飛び出して電場がゼロの飛行管に入り直線軌道をとるが、飛行速度はイオンの質量の平方根の逆数に比例するので、軽いイオンは重いイオンよりも飛行速度が速く、飛行中にその質量の違いによって分離される。

[高田健夫]

イオンの検出

電子増倍管はイオンビームが管のダイノード(二次電子放出面)に入射し、イオンビームを電子ビームに変換する。また、生成した二次電子を増幅する。イオンを金属電極に集め、電荷量を電流として検出するものをファラデーカップという。

[高田健夫]

『土屋正彦・大橋守・上野民夫編『質量分析法の新展開』(1988・東京化学同人)』『J・R・チャップマン著、土屋正彦・田島進・平岡賢三・小林憲正訳『有機質量分析法』(1995・丸善)』『日本表面科学会編『二次イオン質量分析法』(1999・丸善)』『デビッド・ブリッグス、マーティン・P・シーア編、志水隆一・二瓶好正監訳『表面分析 SIMS――二次イオン質量分析法の基礎と応用』(2003・アグネ承風社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「質量分析」の意味・わかりやすい解説

質量分析
しつりょうぶんせき
mass spectroscopy

物質を質量分析計でイオン化して分離し,イオンと電場や磁場との相互作用を利用して,質量を電荷数で割った値に従いながら,分子・原子のイオンを分析する方法。諸種の原子 (同位体) は固有の質量をもつので,逆に,質量を測定すれば原子を同定できる。安定同位体,長寿命放射性同位体を含む分析に不可欠の方法である。構成原子質量数の和が等しい分子などの場合,たとえば 16O と CH4 ,または CO ,N2 と C2H4 の場合,質量のみで同定するには極小質量差の測定が必要であるが,イオン化で各種断片イオンも生成して固有のパターン係数となるので,同定が可能である。試料物質の状態や化学的性質には原理的に依存せず,またイオン計数法などが利用できるので,検出感度がきわめて高く,ほとんどすべての極微量試料や微量成分の迅速正確な分析が可能である。混合物は,その質量スペクトルを成分の各パターン係数にその濃度比を加重した一次加成として解析可能な条件で測定して,定量および定性分析されうる。ガスクロマトグラフィーの発達と呼応して,両者を直結させ,ガスクロマトグラフィーによる分離と定量に引続いて,質量スペクトル法で定性同定する方法もある。応用例として,表面イオン化方式によるウランなどの同位体比精密測定,真空スパークや一次イオン衝撃イオン化方式による高純度金属や半導体の極微量成分分析ないしその微細分布地図作成,環境分析や薬物代謝など電子衝撃イオン化方式や化学イオン化方式による一般分析,電子衝撃イオン化や光イオン化による化学結合や電子準位の研究,分子構造の解析,化学反応の研究,核種質量の精密測定など,広い応用性をもっている。 (→質量分析計 )  

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