日常生活における卑近な道徳律に違背する軽微な罪を一括規定する法律。1948年5月公布。
同種立法は1873年の違式詿違(いしきかいい)条例などにさかのぼる。その後,旧刑法(1880公布)が第4編に拘留,科料にあたる違警罪としてこの種の規定を取り込んだが,現行刑法(1907公布)が違警罪という範疇を廃したのに伴い,1908年に,〈命令ノ条項違犯ニ関スル罰則ノ件〉(1890年公布の法律)および〈閣令省令庁府県令及警察令ニ関スル罰則〉(1890年公布の勅令)を根拠に,内務省令として,警察犯処罰令が制定され,旧違警罪71種は整理,改訂を加えられて警察犯(58種)としてこの中に再編された。同処罰令は第2次大戦後まで存続し,1947年に公布された〈日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律〉によって,翌年5月2日までなお一時的に法律としての効力を認められた後,内容的にも形式的にも日本国憲法の理念を受けた軽犯罪法に換えられることとなった。その際,同処罰令が,警察官吏の即決処分による処罰権限・手続を定めた違警罪即決例(1885公布)と相まって,とくに労働・思想運動の弾圧や刑事事件の捜査の手段として濫用された歴史にかんがみ,国会審議段階で濫用禁止の訓示規定(4条)が付加されたことは注目に値する。しかし,刑罰という最も過酷な手段をもって軽微な,いわゆる公衆道徳,社会倫理に反する行為に臨み,それによって国民の公徳心ないし社会的倫理感覚を向上せしめて,国民一般の幸福を図る,という法の父権主義的(パターナリスティック)な姿勢自体について,刑罰発動の正当的範囲という問題と関連してさらに検討・改善する余地は残されている。
本法は,成立後,〈動物の保護及び管理に関する法律〉(1973公布)の制定に伴い,わずかに1条21号の動物虐待罪が削除されたにとどまるが,一方で,1条13号中の割当物資の配給を混乱させる行為の禁止など空文化したことの明らかなもの,同6号の正当な理由なき街路等の消灯ほか,ほとんど適用されなくなったものなどがあり,他方で,生活関係の進展・複雑化によって必要となった行政的規制,他法令と重複するものなどが生じており,社会状況の変遷の適切な反映も求められている。諸外国の同種規制は,宗教的基盤の相違等により内容的にも多様であり,形式的にも,フランス,イタリアなど刑法典中に違警罪をなお規定するものもあれば,ドイツのように秩序違反法の一部として編入しているものもある。
軽犯罪とされる具体的行為は,1条に定められ,33に及ぶ。運用例の多いものから略記すると,まず,のぞき見(23号),ビラ貼り及び標示物の除去,汚濁(33号),他人へのつきまとい(28号),凶器の秘匿携帯(2号),公務員への虚構の犯罪等申告(16号),田畑への侵入(32号),侵入用具携帯(3号),たんつば吐き,排せつ(26号),非現住建造物等への潜伏(1号),身体露出(20号),建物,森林,引火物付近での火気乱用(9号),称号詐称,標章等窃用(15号)などがあり,以上で全検挙数の8割5分前後を占める。その他,業務妨害(31号),ごみ等汚廃物放棄(27号),浮浪徘徊(4号),乞食(22号),危険動物解放(12号),氏名等不実申告(17号)などが若干の適用をみる。静穏妨害(14号),暴行等共謀(29号)などはあまり適用されない。全体的運用状況は,暴力団取締り,わいせつ犯取締り等に関する時々の警察の方針を反映する。ロッキード事件にからむ鬼頭元判事補ニセ電話事件(称号詐称)等多大な社会的関心を集めるものもある。刑は拘留または科料。情状により,免刑または拘留,科料の併科ができる(2条)。教唆,幇助(ほうじよ)も処罰される(3条)。
執筆者:伊東 研祐
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
国民の日常生活における身近で比較的軽微な違法行為を、犯罪として処罰する法律(昭和23年法律39号)。軽犯罪法第1条は1号から34号において、ささいな反道徳的行為をも含めさまざまな行為を犯罪とし、いずれかに該当する者を、刑罰のなかでももっとも軽い「拘留又は科料に処する」旨を定めている。
軽犯罪法の沿革は、1873年(明治6)の太政官(だじょうかん)布告第256号「違式詿違条例」に始まり、80年の刑法典(旧刑法)第4編の「違警罪」、1908年の内務省令第16号「警察犯処罰令」にさかのぼる。警察犯処罰令は、施行以来長い間効力を有していたが、第二次世界大戦後施行された日本国憲法の理念に抵触する前近代的なものが多く含まれていたため、また、警察署長レベルでの処分を認めた「違警罪即決例」と相まって、労働運動や大衆運動の弾圧に利用されたこともあって、軽犯罪法が施行されたのに伴い廃止された。しかし、軽犯罪法は警察犯処罰令の58種の罪のうち、28種の罪につき同趣旨の規定を設け、その大部分を占めている。そこで、警察犯処罰令における苦い経験にかんがみ、同法の審議過程においてその濫用が危惧(きぐ)されたため、これを戒める「濫用の禁止」の規定(4条)が設けられている。
現行の軽犯罪法には、合計33のさまざまな軽微犯罪が規定されている。すなわち、(1)公共の安全に対する罪(火気、爆発物の乱用など)、(2)公共の平穏に対する罪(浮浪、公共の場所での粗野・乱暴、静穏妨害など)、(3)公衆衛生に対する罪(排泄(はいせつ)、汚廃物放棄など)、(4)風俗に対する罪(身体露出、乞食(こじき)、のぞきなど)、(5)身体・自由に対する罪(凶器携帯、傷害等共謀、儀式妨害、つきまといなど)、(6)業務・財産に対する罪(業務妨害、田畑等侵入、はり札・標示物除去など)、(7)公務に対する罪(変事非協力、虚構事実申告、帳簿不実記載など)、(8)その他(称号詐称など)、がそれである(なお、第1条21号の動物虐待の罪は、1973年「動物の保護及び管理に関する法律」第13条に編入されたため削除されている)。
なお、本法の罪は、刑の執行猶予が許されないが(刑法25条1項)、情状に幅があるため、その刑を免除することも、拘留および科料の併科も可能である(2条)。また、本法の罪の教唆または従犯は処罰される(3条。なお刑法64条参照)。
[名和鐵郎]
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